真田の家風

 大坂の陣後、真田信吉の家臣・青木六太夫は、飛ぶ鳥のような速度で信濃上田に帰り着いた。そして真田信之と内室(小松姫)が共にいるところに行き、書状を差し出し、戦況を報告した。
「今度は当家も手柄を立てました」
 しかし信之はその書状に目を通さずに尋ねた。
「根津主水は討死か」
「その通りです」
「蜷川左内はどうだ」
「左内も討死です」
 そこで六太夫は尋ねられる前に
「信吉様と信政様は御兄弟で戦で手傷も負われませんでした」
 と言うと、その場に居合わせている者が無事を喜んだ。しかし内室が何を思ったのか信之に言った。
「兄弟の内、一人討死したらなお良かったのに」
「その通りだ。しかしながら父・本多忠勝殿の血を出される」
 信之は笑って答えている。(『続武家閉談』)

小松姫の墓
長野県上田市常磐城3ー7ー48の芳泉寺にある小松姫の墓

管理人・・・信之の最後の言葉ですが、原文では『左様ぞ。然り乍ら父中書の流を出し召さる』となっており、あっているかどうか自信がありません。

UPDATE 2005年6月1日
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