毛利勝永生存説

 1615年5月8日、豊臣秀頼の最後を看取った毛利勝永は大坂城を脱出し、大坂湾に停泊させていた船に乗って土佐へ向かった。何日か後、土佐の須崎に上陸し、山内家の追手を振り切って波介(土佐市)に辿り着いた。そこに隠れ住み、1618年9月9日に亡くなったという。

管理人・・・息子・勝家も一緒に脱出したことになっています。今でも土佐市波介は子孫を名乗る森姓の家が数十世帯あるそうです。

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