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哀れなり
それを知った妻はとにかく夫のところに行こうと4歳になる息子と2歳になる娘を連れて、はるばる野根山を越えて甲浦で船を借りて大坂に向かった。しかし海が荒れていたため阿波の椿泊に停泊して数日間を過ごしていると、飛脚船が来て 「大坂城が落城し豊臣秀頼公が自害し豊臣軍の武士は残らず討ち死にした」 と大声で知らせた。 それを聞いた又左衛門の妻はショックを受け『そうなっては何を頼みに大坂に向かうのか。かと言って誰を頼りに故郷に帰るのか。我が身はどうすればいいのか』と思い悩み、船底に倒れて悶え悲しんだ。そして思いつめた又左衛門の妻は、守り刀を抜いて二人の子を刺し殺し自分も自害して無理心中をしたという。(『土佐物語』) Copyright (C) 2004 Tikugogawa. |
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