知恵比べ

 大坂冬の陣で博労淵の戦いによって船場が豊臣軍の手により焼かれた際、後藤基次が敵の動きを予測した。
「備前勢(池田軍)が必ず追撃してくる。若い人達を待ち伏せさせて功名を上げさせるといい」
   言葉を信じた人達が待ち伏せたが、敵は来ず皆は
「後藤の功名だよ」
 と嘲った。しかし基次は気にしていない様子だった。
「予想も時々外れることはある。備前勢が来なかったのは花房職秀がまだ生きているからだろう」
 この推測は当たっており実際に戸川達安らが
「煙にまぎれて付け入ろう」
 と提案したが職秀は
「豊臣軍に後藤基次という巧者がいるので、必ず兵を伏せさせているだろう」
 と止めていた。煙が消えると職秀が言った通りに豊臣軍が待ち伏せていた。
 その後、和睦となって達安の弟・弥左衛門が基次と会って様々な話をした際、基次が船場のことを思い出して問うた。
「どうしてあそこで追撃してこなかったのだ」
 そこで弥左衛門が上記のことを説明した。この話を聞いた人々は二人の知識を褒めている。(『写本軍事録』)

木津川
現在の博労淵付近に流れる木津川

Copyright (C) 2004 Tikugonokami.