退却の指図

 真田丸の攻防の際、徳川軍は両将軍からの命令により順に引き上げていった。大和組(大和の大名達)にも備頭の藤堂高虎から退くように命令があったが、松倉重政は
「攻め寄る時は皆が命令無しで先へ進み、引き取る時になって命令があるのは不思議なことだ。相備ならば進むのも退くのも命令があるべきなのに理解できないやり方だ。攻める時に無いのに退く時に指図するのはおかしい」
 と散々に罵って退却しなかった。そこに両将軍から五之字の旗指物の使番が来て
「命令に背くのはけしからん事だ。早々に引き取るように」
 と厳しく言い、藤堂方からも野依時掘信家渡辺守などが来て謝ったため、大和組は日暮れには引き上げていったという。(『大坂御陣覚書』)

UPDATE 2011年6月25日
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