直孝の陣代拝領の日

 大坂の陣が起こると、徳川家康井伊直孝を召し出して、兄・直継の陣代を仰せ付けた。直孝はしばらく仰せに応じず、まず宿所に帰って井伊家の重臣達を集めて意見を聞いた。
「このように仰せ付けられた。皆が私の命令に従うならば陣代を勤めるが、それが不服なら仰せを断る」
「どうして(直孝の)命令に背きましょうか」
 重臣たちは口々に言った。
「分かった。それなら陣代を勤めよう」
 直孝は家康の命を受けることにした。

井伊直政の像
彦根駅前にある直継と直孝の父・井伊直政の像

 そして直孝は重臣の兵庫という老人を呼び出すと、陣代の心得を尋ねた。
「汝は戦術に詳しいと聞く。何か私に言っておくことがあるか」
「年老いて戦場に出ることがなくなったのを恨みに思う」
 そう言った後、懐から巻物を取り出し「大将たる人は決断をして疑いなく命令できないといけません。それができますか」と問うた。
「いかにも迷わずに決断できる」
 直孝はっきりと答えた。すると兵庫は
「長い間戦術について考えてきましたが、大事なのはただそれのみです。他にいうことはありません」
 と持っていた巻物を焼いた。(『常山紀談』)

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