慢心は命をも奪う

 大坂冬の陣で上杉景勝軍の鴫野口を攻撃。戦いの最中、上杉家の家臣・坂田五郎左衛門は豊臣軍の穴沢左近と勝負することになった。左近は得意の長刀で、五郎左衛門は槍で戦う。しかし左近は長刀さばきが上手いため、槍を合わせるとすぐに手元まで付け入って来た。そのため坂田は槍を捨てて組み付いた。
 だが左近は力もあり、対して五郎左衛門は老武者だったので、小高い場所で五郎左衛門は取り敷かれ仰向けになってしまう。そこに左近は首を取ろうと脇差に手をかけた。しかし五郎左衛門も去る者で、左手で相手の抜きかけていた脇差の柄を押さえて、右の手で鎧通しを抜いて左近を刺して首を獲っている。
「左近は自分の器量を自慢して長脇差を差していたから私に首を獲られたのだ」
 のちに五郎左衛門はこの時のことを常々そう語ったという。(『関根織部物語』)

鴫野の戦いの碑
城東小学校にある鴫野の戦いの碑

管理人・・・その時、左近の首を獲った長刀が坂田家に伝わっているそうです。

UPDATE 2011年4月10日
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