家康の巡察

 1614年12月2日、徳川家康が諸大名の陣所を見てまわることになり、本多正信・成瀬正成・安藤直次を従えてまずは藤堂高虎の陣に赴いた。そこで家康は台に盛られたミカンを皮をむいて食べていたとところに、大坂城より鉄砲の激しい射撃があったので、鉄の盾を築いてこれを防いだ。
「君主の命は天にある」
 家康はそう言うと、ミカンを4〜5個食べ馬に乗って池田忠雄の陣に立ち寄った。家康がいることを知った豊臣軍は城からさらに激しく鉄砲を放った。兵達は家康の馬のくつわに取り付いて進言。
「射撃が激しいのでお引きください」
 すると横田重量が進み出て兵を叱責した。
「愚か者ども。殿はこのようなところを御覧になるために来られているのだ。急いで手を放すのだ。蜂須賀殿の陣はなおいっそう激しいぞ」
 重量は先に蜂須賀至鎮の陣に乗り込んで敵の目を欺き、後から家康達が視察するようにした。そうしたところ鉄砲が一発も放たれなかったため、皆は重量を巧者だと感心した。(『校合雑記』)

UPDATE 2011年6月12日
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