祖父江一秀

(そふえかずひで)

生没年:不詳/ 身分:山内家の家臣/ 官位(通称、号):宮内

中村城跡(為松公園)
一秀が留守居役を務めた高知県四万十市中村にある中村城跡(為松公園)

 浅井長政の家臣・筧源右衛門の息子。一秀は源右衛門の死後、母が祖父江勘左衛門と再婚した際、彼の養子となり、祖父江姓を名乗った。山内一豊に仕え、掛川で300石と奉行役を与えられる。その忠節を一豊から賞され『一』の字を賜り一秀と名乗った。関ヶ原の戦いに従軍し、戦後、山内康豊に従って先発隊として土佐に行き治安に努める。一豊が土佐に移封されると、1400石に加増され、中村城代となった康豊を補佐した。
 1605年に一豊が亡くなり康豊が忠義を補佐するため、高知に移ると、中村城の留守居役になる。大坂冬の陣の際、長宗我部家の遺臣が盛親の指示で中村城の襲撃を企てるが、首領の奥宮伝兵衛・清九朗親子を捕らえて磔(はりつけ)にして計画を頓挫させるという功を上げている。その後、山狩りでその仲間20人余りを捕らえて処刑した。

参考文献:高知県人名事典・三百藩家臣人名事典

UPDATE 2006年7月27日
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