竹村丹後守

(たけむらたんごのかみ)

生没年:1562?〜1635年/ 身分:徳川宗家の家臣/ 官位(通称、号):丹後守

龍源寺間歩
石見銀山の龍源寺間歩

 本能寺の変の際、三河に向かう徳川家康の道案内しその縁で家臣となった。1601年に大久保長安が石見銀山の奉行となると、長安に付けられる。1613年に長安が亡くなると江戸に戻され千石を与えられ石見銀山の奉行に任ぜられた。
 大坂冬の陣では石見銀山の堀子達300人を連れて出陣し、大坂城の外堀の水抜き作戦で活躍。その功で感状を与えられる。1635年に在任中のまま死亡。大田市大森町の勝源寺に葬られた。

管理人・・・奉行時代の丹後守は大森に奉行所を置き、検地をするなど功績を残しています。本能寺の変より前の丹後守の経歴が分かりませんでした。

参考文献:島根県歴史人物事典

UPDATE 2013年3月25日
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