伊丹康勝

(いたみやすかつ)

生没年:1575〜1653年/ 身分:徳川宗家の家臣/ 官位(通称、号):喜之助

 今川家・武田家・徳川家で船奉行を務めていた伊丹康直の三男。駿河清水で生まれる。徳川秀忠に仕え御納戸頭に任ぜられ500石を与えられた。大坂の陣では兵糧の輸送の任務につく。1622年の本多正純の改易の時に現地で処理にあたった。1624年に播磨守となる。1628年に下総相馬郡内で9千石を与えられた。1632年、加藤忠広の改易時にも現地で処理にあたる。
 1633年に甲斐徳美1万2千石に移封された。1635年に佐渡奉行及び佐渡金山奉行に任ぜられる。島原の乱が起こると輸送の任務についた。1639年に隠居する。しかしその後も江戸城普請、生駒高俊や加藤明成の改易などで働き、1653年6月3日死亡した。

管理人・・・任務で忙しかったため領地にはほとんどおらず、経営は息子の勝長に任せていました。

参考文献:?

UPDATE 2014年6月26日
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