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立花家が筑後柳川13万石を与えられると連貞は筑後山門郡内に領土を与えられた。その後、朝鮮出兵などで活躍し1500石の領主となる。関ヶ原の戦いで立花家が改易されると宗茂とともに加藤清正の食客となった。
【宗茂に尽くす】1602年に宗茂が加藤家を出て江戸に行くと他の元家老達とともに虚無僧となって生活費を稼いでいる。立花家が陸奥棚倉で大名として復帰すると200石を与えられ家老に復帰した。大坂の陣の前、豊臣秀頼から高禄を約束して招かれたが二君に仕えずと断った。 管理人・・・連貞が江戸で虚無僧をしていた頃、こんな話があります。ある日、町外れに差し掛かった時に男3人が道を塞いで斬りかかって来ました。連貞はここで問題を起こしたら宗茂に迷惑がかかると考えて逃げましたが、男達がしつこく追いかけてきたので仕方なく刀を尺八で受け止め、刀を奪って逆に切り殺しました。そのため奉行に捕らわれてしまいましたが、なぜか土井利勝は何も調べずに召し放ったそうです。 UPDATE 2004年2月24日Copyright (C) 2004 Tikugogawa. |
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