日讃

(にっさん)

生没年:?〜1631年/ 身分:龍乗院の住職/ 官位(通称、号):永厳

根本中堂
日讃が修行した比叡山にある根本中堂

 常陸喜多郡柿岡村の出身。比叡山で修行し、1590年に遠江掛川で山内一豊に登用され、護持僧(天皇を護持(尊んで守護すること)する役目の僧。禁中の清涼殿の仏間に侍して、玉体安穏を祈ったもので、東寺、延暦寺、園城寺の三山の僧に限られた。夜居(よい)の僧。この場合は山内家を護持する僧の意味か?)となった。関ヶ原の戦い後、山内家に従って土佐に移り、龍乗院を開山する。
 1606年に江戸城を改築した際に自鎮僧の役割を果たした。大坂夏の陣(冬の陣か?)の際に比叡山から派遣されて和議の僧として大坂城に行き、真田幸村と話し合う。1631年11月16日死亡。

管理人・・・真田幸村と和議の際に話すことなんてあったんでしょうか。疑問です。
 日讃の享年ですが、100余歳と164歳という説があります。

参考文献:高知県人名事典

UPDATE 2006年9月5日
Copyright (C) 2006 Tikugogawa.