野々村吉安

(ののむらよしやす)

生没年:?〜1615年/ 身分:豊臣家領内で3千石の領主/ 官位(通称、号):伊予守

比良城
名古屋市西区比良3丁目にある佐々成政誕生の地・比良城(光通寺)

 吉保・雅春とも。野々村三十郎の弟。三十郎は斎藤・織田家に仕え、最後は旧友の佐々成政のために1584年の越中の戦いで討死した人物。吉安は豊臣秀吉に仕えた黄母衣衆の一人で小田原征伐には諸城を攻略している。慶長年間に七手組頭の一人となり3千石の領主となっている。天王寺・岡山での最終決戦では、遊軍として出陣。大坂城が包囲された5月7日に自害している。

参考文献戦国人名事典 コンパクト版大坂の役

UPDATE 2001年8月21日
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