富岡秀朝

(とみおかひでとも)

生没年:?〜1615年/ 身分:浪人/ 官位(通称、号):六郎

 上野小泉城主・富岡秀高の息子。北条氏に属し上野国内での戦いで功があった。1590年の小田原征伐では兵を連れて小田原城に入る。その間、豊臣軍によって居城の小泉城は攻められ開城している。
 小田原城が落ちると浪人となるが、大坂夏の陣で松倉重政に属して戦い、天王寺・岡山での最終決戦真田幸村の家臣・高梨采女と戦って討ち取られる。法名・一峰院殿角翁正麟大居士。

管理人・・・小田原征伐でのことですが、『戦国人名辞典』では館林城に篭って奮戦したが、石田三成に落とされたとなっています。どちらが本当なんでしょうか。
 浪人だったのに大坂の陣でいきなり参陣したのは、やはり豊臣家への恨みでしょうか。

参考文献戦国人名事典 コンパクト版・上野人物志

UPDATE 2013年6月12日
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