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山村矩義
(やまむらのりよし)
生没年
:?〜1615年
身分
:伊達家の家臣
官位(通称、号)
:六右衛門
大阪府柏原市玉手町25−80にある小松山古戦場碑
片倉景綱の家臣で度々戦功があった。景綱が病気となると、殉死のことを約束する。しかしその頃に大坂の陣が起こったので、景綱は矩義を呼び出して「お前の忠義は死んでも忘れない。しかし今は大坂で戦が起こっている。息子の
片倉重長
が先鋒を務める予定なので、お前が補佐をしてやってくれ。そして
伊達政宗
公のために尽くせ」と大坂に送り出した。
道明寺の戦い
で敵の攻撃が激しく崩れかかった時に奮戦して敵を破って討死する。重長はこれを景綱への殉死と認めたという。
管理人・・・矩義本人は殉死のつもりで戦死したのかもしれません。
参考文献
:仙台人名大事典
UPDATE 2003年10月5日
Copyright (C) 2003 Tikugogawa.
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