富塚信綱

(とみづかのぶつな)
生没年:?〜1627年
身分:伊達家の家臣
官位(通称、号):近江

 富塚宗綱の長男。伊達家の重臣。1500石の領主。相馬の戦い、朝鮮出兵、大坂の陣で功があった。1622年に最上家が改易されると伊達政宗の命で政宗の母(義姫・保春院)をつれて帰る。1627年3月8日死亡。文学を好んだ武将だったという。

管理人・・・信綱の二人の弟の柴田五左衛門山川賢信は伊達家を出て、大坂城に入り豊臣軍として戦っています。

参考文献:仙台人名大事典

戦国武将の意外な関係

UPDATE 2003年8月20日
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