日根野吉明

(ひねのよしあきら)

生没年:1587〜1656年/ 身分:下野壬生1万2千石の大名/ 官位(通称、号):織部正

日根野高吉の供養塔
長野県諏訪郡下諏訪町東町中606の慈雲寺にある父・高吉の供養塔

 信濃高島城主・日根野高吉の長男。1600年6月に父が病死しために跡を継いだ。関ヶ原の戦いで東軍につき上杉景勝征伐では徳川秀忠に従軍し宇都宮に行く。その後、上田城の真田昌幸の備えに回る。1610年に幼年という理由で下野壬生1万2千石(一説には1万5千石)に減封された。
 大坂の陣に従軍し天王寺・岡山での最終決戦では首級7つを獲た。それから幕府のために日光東照宮の造営など尽力し、それらが認められ豊後府内2万石に移封された。1656年3月26日死亡。法名・渓松院殿月峯浄覚大居士。末期養子を願い出たが叶わず日根野家は断絶となった。

参考文献三百藩藩主人名事典戦国人名事典 コンパクト版

UPDATE 2004年5月21日
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