新開道善の家臣。1582年10月16日、丈六寺で道善が謀殺された際に同席していたが逃げ延びて牛岐城に戻り、道善の子・松寿丸を連れて阿波西方村に隠れ住んだ。しかし翌年に松寿丸が亡くなったため備前に去ったという。