長瀞城(長瀞陣屋)

住所:山形県東根市長瀞4794

 建長年間(1249~1256年)に西根氏が築城したと伝わる。1414年、山形城主・最上満家の隠居城となる。戦国時代になって本格的な城廓になったと考えられている。1622年、最上氏が改易されると廃城になり長瀞村は天領とされる。1671年に幕府代官所として陣屋が置かれた。1798年、米津氏が入るがのちに戊辰戦争の兵火で陣屋は焼失する。
 現在、水堀の一部が残っている。

(城址碑)

(城址碑の裏に残る二の丸の水堀)

(大手門)

(一の堀跡の碑)

(多分、これも一の堀跡)

(陣屋の表門(大手門)跡)

感想:長瀞は「ながとろ」と読みます。周辺は住宅街となっており駐車場はありません。
 地図を見ると城だったのがはっきりと分かります。


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