紀伊半島史跡巡り2008(1日目:三瀬館・鵜殿城・新宮城・水野家墓所・熊野本宮大社)

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 代休のために思わぬ三連休となった。「普通に過ごすのも面白くないなあ・・・。どこか史跡に行くか」と思い、考えた末、出た結論は和歌山県。熊野速玉大社には一度御礼参りに行かんといけんなあ、と思っていたし。
 平成20年1月26日、朝の5時半に家を出発。高速を走って7時半には最初の目的地に到着。最初は今回唯一の紀伊以外の史跡、三重県多気郡大台町上三瀬にある北畠具教の館跡。あの悲劇の武将・北畠具教が晩年を過ごした土地だ。
 あ~、休日の朝の7時半だけあって静かだなあ・・・。寒さもさほどではないし史跡を巡るにはいい雰囲気だ。ゆっくりと周辺スポットの北畠神社、三瀬館跡、具教の胴塚などを廻る。
(三瀬館跡。近所の犬がワンワン吠えて家の人を起こしてしまった。ごめんなさい)

 そこから隣町の紀北町に向かい、紀伊長島城に到着(ここが道が狭い上に分かりづらかった・・・)。麓の長楽寺に車を停めて登ろうと思ったけど、面倒になってやめた。みんな知っていると思うけど、私はそんなに城好きなわけじゃないし・・・。
 周りを写して帰ろうとしたその時、近所の方と目が合った。「あんた、寺の裏にある梅は見たか。今が見所だぞ」。そう言われちゃうと断るのも悪いので、写しに行った。確かに綺麗だった。教えてもらって良かった
(梅。後ろでぼやけて見えているのが紀伊長島城の一部)

 そこからまた国道42号を使ってひたすら和歌山県を目指す。こうやって和歌山県に行くのも3度目だが、やっぱり遠い・・・。でも、もう慣れたせいか前より近く感じる。いや、紀勢自動車道が出来たおかげか?
 そんなこんなで尾鷲市に到着。国道42号からは少し外れるけど何となく行ってみたかった曽根五輪塔に行く。曽根弾正夫妻の墓らしいのだが、曽根弾正さんが誰だか良く分からない・・・。ここら辺の豪族のようだが。
(曽根五輪塔。墓地の一角にぽつんとあった)

(墓地から見た賀田湾。ほんと、今日は史跡巡り日和。さほど寒くもないし)

 さてさて、ではまた国道42号に戻って和歌山県を目指しますか。と思い、車を走らせた。熊野市に入るとランチタイムになったので、喫茶店に寄る。事故防止のために疲れもとっておかないといけないし。
(喫茶店の近くにあった獅子巌)

 いろいろあってせっかく喫茶店に入ったものの疲れが取れず、次の目的地に向かう。着いたのが二度目となる鵜殿城。前は天気が悪かったので、是非もう一度天気のいい時に来たいと思っていたのだ。
 城自体は・・・当然だけど何も変わっていないね。
(鵜殿城)

 ここまでくればもう和歌山県は目の前。熊野川を越えて和歌山県新宮市に到着。最初に行くのは今回一番の目的であった熊野速玉大社への御礼参り。正確には願掛けした訳じゃないので御礼参りではないが、感謝の気持ちを伝えるということで・・・。
 さすがにここは観光名所なので人が多いな。感謝の意を表して終了。
(熊野速玉大社)

 しかし新宮市には三度も来たが晴れていたのは初めてじゃあないか。熊野地方と言えば雨の印象しかない(世間では実家の山陰も同じイメージがあるのだろうが)。地元の人に聞いたところ、実際に雨の多い土地らしい。
 予定より時間に余裕があったので、こちらも三度目の新宮城に行く。まあここはささっと撮影して終了。
(新宮城)

 そのあと、新宮駅方面にある徐福公園に行く。よう知らんけど徐福って人は秦の始皇帝の命令で不老不死の薬を求めて東方に旅立った人らしい。そしてここで亡くなったという伝説があるらしいので、お墓があるらしい。
(徐福公園。全国に徐福が亡くなったと言われている場所があるらしい。ここ見ると鳥取県の燕趙園を思い出すな)

 次が場所がよく分からなくて不安だった新宮城主・水野家の墓所。史跡巡りの本で見た住所内に墓らしきマークが地図上にあったのでそちらに向かうがまったく分からず。そこで歩いている男性の方に尋ねた。
「ああ、俺そっち方面に歩いていくから乗せていってくれよ。案内するから。でも観光名所じゃないよ」
 案内してもらえるなら乗ってもらっても問題なし。そこで男性を車に乗せて案内してもらって到着。ああ、国道168号沿いから川越えてすぐのところか・・・。これは分からんわ。
入り口の地図はこちら(行く人いないと思うけど・・・)
(水野家墓所。入り口はこぢんまりとしているが中は広く立派)

 そのまま国道168号を使って北上。目指すは熊野本宮大社。途中で眠くなったので路肩に停めて仮眠した。30分ほど仮眠した後、再び熊野本宮大社に向かう。思っていたほど混んでもなく簡単に駐車場に車を停められた。
 中に入ると・・・思ったより小さいなあ。熊野速玉大社の何倍もなるかと思っていた。決まった形でお参りしてお土産を買うと終了。
(熊野本宮大社。これが本殿の半分。熊野速玉大社とほぼ同じ大きさ)

 これで本日の予定は終了。那智勝浦町にある宿に行き、近くの居酒屋でクジラのみりん干しやマグロの炒め物などを食べ、本を読んだ後、明日に備えて21時には寝た。

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紀伊半島史跡巡り2008(1日目:三瀬館・鵜殿城・新宮城・水野家墓所・熊野本宮大社)” への7件のコメント

  1. そこからですけと海を渡れば近いんでしょうが、陸路だとかなりありますから・・・。
    ただ行って損はない場所ですので、機会がありましたら是非行ってみてください。

    やはり周りが自然に囲まれている有名な寺社は神秘的な雰囲気がしますね。そういうところを選んで造っているとは思いますが。

  2. 私は和歌山へは、まだ行った事がないんです。
    いつか行ってみたいですね。
    梅の花や獅子巌の写真がきれいですねえ~。

    熊野って確かに神秘的?なイメージがありますね。

  3. >キヘイジさんへ
    山の方にも行くので雪がちょっと不安だったのですが、そんな心配は無用でした。
    徐福公園・・・まあ、あんなもんでしょう^^; 山陰もそうですが、熊野地方のようなところは本当に神さんや妖怪がいてもおかしくない雰囲気がしました。

    >楠さんへ
    大阪からだとかなりきつそうですね・・・。奈良県南部は高速道路がないですし。どういうルートで行くのかが気になります。

  4. 雪の新潟とは対照的な景色ですね。
    やはり熊野は、写真からでも厳かな雰囲気が伝わってきますが、それに比べると徐福公園のけばけばしさは大陸的で、ある意味滑稽な気がします(笑)。

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