2015年四国史跡巡り(4日目その2:秋元和泉守盛貞の墓・櫛淵城・細川之照の墓)

Pocket

16.法泉寺・・・徳島県小松島市櫛渕町山口3。曹洞宗。阿波櫛淵城主・秋元氏が創建した。

(山門)

(本堂)

(1560年8月6日に亡くなった秋元和泉守盛貞の墓。盛貞は信濃の豪族だったが武田信玄に敗れたため三好家を頼って阿波に来て櫛淵城主になっている、と子孫は自称しているが、鎌倉時代に阿波に来た地頭だったとの説が有力である)

感想:秋元和泉守盛貞の墓は住職さんの車で案内してもらいました(軽自動車でも狭い山道を通るので歩いていった方が無難です)。ありがとうございました!


17.櫛淵八幡神社(櫛淵城)・・・徳島県小松島市櫛淵町北佃。1017年、当地が石清水八幡宮に寄進され別宮となった。1221年の承久の乱後、秋元氏が当地の地頭に任ぜられると神社との間で度々諍いが起きたが、最終的には秋元氏が勝利し一円の領有を認められている。
 神社の裏にあるのが櫛淵城で秋元氏の居城だった。秋元氏は十河存保に味方し長宗我部元親と敵対していたが1582年の中富川の戦いで敗北し没落、子孫は蜂須賀氏に仕えている。

(天然記念物のフウ。フウ(楓)は中国、台湾に生え、日本には享保五年ごろ渡来し街路樹や庭木とされた)

(鳥居)

(拝殿)

(櫛淵城跡。見ての通り工場が建っていたため散策はしなかった)

感想:城址の井戸があると聞いたが分からなかった。


 櫛淵八幡神社にあった地域の観光案内に細川真之の遺児・細川之照の墓があると知り、大まかな地図を頼りに行ってみる。
 これは探すのに大変苦労した…。30分くらい探し回ってやっと見つかった。

18.細川之照の墓・・・徳島県小松島市櫛淵町。真之没後に秋元氏の婿養子となり子孫は庄屋となっている。

(之照を祀る祠)

(之照の墓)

感想:畑の中にあるので許可を取ってから入りましょう。

写真の提供についてはこちらをクリック




Pocket

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

CAPTCHA