下野中村城(遍照寺)

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住所:栃木県真岡市中2402

 下野中村城は1156年、中村朝宗が築いたと伝わる。朝宗の子・宗村は奥州合戦の活躍で伊達郡の地頭となり伊達氏の祖となったと伝わる。その後も中村氏の居城だったが、1544年に水谷正村との戦いに敗れ、同族の伊達氏を頼って出羽に逃れた。その時に廃城になったという。四方が約200メートルのほぼ正方形で、幅9メートル、深さ6メートルの堀が残っている。
 遍照寺は下野中村城跡に建つ真言宗の寺で1341年に足利基氏によって現在地から2キロ北東に創建された。寺伝によると結城合戦で敗れた春王丸・安王丸は当寺で捕まったという。天文年間(1532~1555年)、現在地に移されたが、1558年には伽藍が全焼している。現在の伽藍はその後に再建されたものだという。寺宝に古河公方や結城氏の書状などがある。

(六地蔵)

(お寺には珍しい石の門と仁王像。仁王門になるのかな?)

(本堂)

(遍照寺の入り口近くに建つ城趾碑)

(堀)

(堀2)

(畑に建っていた『中村城主・藤原日向入道玄角公終焉の地』の碑。藤原日向入道玄角とは1544年、水谷正村に敗れて戦死した最後の城主)

感想:春王丸・安王丸の件は記憶違いかもしれません。




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