同慶寺(芳賀氏累代の墓)


住所:栃木県宇都宮市竹下町1107
 臨済宗。永仁年間(1293~1298年)、宇都宮氏の重臣・芳賀高俊が飛山城を築いた際、伽藍を建立したのが始まりである。永禄年間(1558~1570年)の兵火による焼失や1597年の宇都宮氏改易で衰退している。

(鐘楼。吊してある銅鐘は1716年に鋳造されたもので市の有形文化財に指定されている)

(六地蔵)

(本堂)

(訶梨帝母堂。訶梨帝母(鬼子母神)坐像が安置されている)

(芳賀氏(清原氏)累代の墓 )

感想:飛山城の支城の役割があり空堀などが残っているとのことでしたが確認し忘れました。
 ここは梅の名所として知られているそうです。




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同慶寺(芳賀氏累代の墓)” への2件のコメント

  1. 私は芳賀正勝と申します。私共にも系図がありまして江戸時代は三池藩の家老職を勤めていたとあります。始まりは今の栃木県芳賀郡芳賀町とあります。

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