安徳天皇陵(鳥取県八頭町)

●安徳天皇陵
住所:鳥取県八頭郡八頭町姫路
駐車場:不明

 文治元(1184)年、安徳天皇や二位尼らは壇ノ浦の戦いで入水したと見せかけ逃亡し、因幡の賀露港付近に上陸した。そこで光良院(鳥取市江府町岡益に建つ長通寺の前身)の住職に案内され当地に移り住み「私かな都(ひそかなみやこ)」としていたが、文治3(1187)年に急病で亡くなる。そこで二位尼がこの地に墓を建てたという。
 現在、近くには安徳の里・姫路公園が造られ町民の憩いの場となっている。

(清水寺。平家再興を祈念した寺で、本尊の観世音菩薩は私都城主・因幡毛利氏の家臣だった姫路玄蕃の持仏だと伝わる。寺はご覧の通りかなり傷んでいた)
清水寺

(上岡田神社。祭神は大山祇命・安徳天皇など。こちらもかなり傷んでいた)
上岡田神社

(宮川。ここには昭和時代に片目の雑魚が棲息していたらしい。それは村人が獲ってきた雑魚を天皇が針で片目を突いて川に放ったからだという伝承がある)
宮川

(安徳天皇陵への入口に建つ遷幸記念碑)
遷幸記念碑

(天皇と平家の落人の五輪塔群だと伝わるが、姫路氏のものではないかという説もある)
五輪塔群

感想:おそらく「私かな都」から八頭町の私都(きさいち)や私都川の地名に漢字が当てられた、という伝承があるのだと思います。しかし平安時代は私部、近世になって私都と書かれるようになったようなので後付け設定でしょう。
 寺社の写真は2015年のものなので、今は修築されているかもしれません。


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