「大坂の陣慰霊祭(399回忌)」(後半:羽曳野市内の史跡巡り)

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 慰霊祭が終わった後、時間があったので羽曳野市の史跡を見て廻ることにした。バス停が良く分からないし運動にもなるので歩いていくことにした。

史跡:石川
住所:大阪府柏原市石川町・玉手町、大阪府藤井寺市国分・道明寺周辺
解説:道明寺の戦い後藤又兵衛を撃破した徳川軍がこの川を渡って豊臣軍を攻撃した。火器が不足していた豊臣軍は苦戦し誉田辺りまで撤退している。
感想:玉手山公園からとにかく遠かった…。


 道明寺駅を過ぎて次の目的地に行く途中、先月の道明寺合戦まつりに合わせて造られたワインがコンビニに置いてあった。買おうかと思ったけど、ワインは飲まないからやめた…。
 ひたすら歩いていて小雨も降ってきた頃、史跡に到着。

史跡:薄田兼相の墓
住所:大阪府羽曳野市誉田7丁目
解説:道明寺の戦いで戦死した薄田兼相の墓。1885年、広島藩にいた子孫(藩主の浅野家?)によって建てられた。おそらく薄田文右衛門の子孫だろう。
感想:国道170号沿いに案内があったことに初めて知った。

(案内)

(墓)

(大坂夏陣奮戦の碑)


史跡:誉田八幡宮
住所:大阪府羽曳野市誉田3-2-8
解説:祭神は応神天皇。鎌倉時代から室町時代には幕府の保護を受けたが、戦国時代になると度々兵火にあった。その後、豊臣氏や徳川氏の保護を受け栄えた。

(鳥居)

(参道)

(誉田林古戦場碑。道明寺の戦いでは薄田兼相が境内に陣を敷いている)

(拝殿。豊臣秀頼が八割ほど造ったが大坂冬の陣で工事が中止となる。後に徳川家光が完成させている)

(本殿)


 これで史跡巡りはお終い。大阪市内に戻ってご一緒して下さった方と居酒屋で歴史の話をずっとしていた。いや、関係ない話もしていたかな…。とにかく楽しい時間を過ごせた。
後半の感想:とにかく歩いて、飲んで、話した。疲れたので帰りの電車はずっと寝ていて名古屋に着くまで意識がありませんでした。とにかく充実した一日でした。
 慰霊祭で手を合わせた時、いろんなことが頭を過ぎりましたが、最初に浮かんだのはやはり長宗我部盛親毛利勝永のことでした。最後は亡くなられた全員の冥福を祈りましたが。

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