樺沢城(上杉景勝生誕地)

住所:新潟県南魚沼市樺野沢

 樺潟城とも。築城年代は不明。戦国時代は上田長尾氏の出城であったが、上杉謙信が越後を平定すると関東遠征の際の宿城となる。1578年、上杉謙信が亡くなり家督をめぐって養子の景勝と景虎が争う御館の乱が起きると、景虎の実家である北条氏の援軍が当城を落とし、坂戸城攻略の拠点とした。1598年、景勝が会津に移封されると廃城となる。

(麓にある中屋敷跡。城下町には上田長尾氏の屋敷が存在していた)

(元屋敷跡)

(御屋敷跡。屋敷跡と城はJR上越線によって分断されている)

(ここが上杉景勝生誕の地という説があるらしい。この看板が城の入り口の目印になっている)

(御館の乱の上田庄の攻防で戦史した両軍の追悼碑)

(土塁と空堀)

(望楼)

(三の丸の虎口)

(三の丸)

(二の丸)

(大空堀…らしいが、雑草で良く分からない)

(堀?)

(上杉景勝の胞衣塚。安産の宮として信仰がある)

(帯曲輪)

(本丸と上田庄。本丸は標高が304メートルあり、8キロ先には坂戸城がある)

感想:案内の看板が細かく設置されており城の知識が乏しい私にも非常に分かりやすかったです。大河ドラマ「天地人」のおかげでしょうか。
 城を訪れた時は大雨の後であちこちで工事をしており進入禁止区域がありましたが、本丸までの道は通行止めになっていませんでした。


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