四国一周史跡巡り(7日目後半:香宗我部秀通墓松跡之墓標・安芸国虎の墓・北川玄蕃の墓)

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72:香宗城・・・香南市野市町土居にある。香宗我部氏の居城。香宗我部氏は安芸氏に攻められ、嫡子が亡くなってしまう。そこで勢いのあった長宗我部国親の三男・親泰を養子として迎え家督を譲った。
 お城には土塁らしきものの上に神社が建つのみ。

73:香宗我部秀通墓松跡之墓標・・・香南市野市町にある。上記のように香宗我部家は長宗我部家から養子を迎えるが、これに当主の弟・秀通が反対したため、謀殺されてしまう。その秀通の墓があった場所。
 墓地の中にあるためか整備が行き届いていた。ここは行く人、いなさそうだな・・・。

74:宝鏡寺・・・香南市野市町にある。香宗我部氏の菩提寺で、外交・軍事などで活躍し兄・元親を支えた香宗我部親泰の五輪塔がある。
 ここは荒れ放題だった。草をかき分けて一つ一つお墓を確認していった。

 ここで今までの旅の疲労が出て集中力が無くなってきたのか、何でもない道で車を擦った。あらら・・・。
 その後、風光明媚と言うことで琴ヶ浜に行ったが・・・う~~ん、普通の浜だね。

75:矢流(八流)古戦場跡・・・安芸市赤野甲のレストラン矢流にある。1569年7月、土佐の西部を支配する安芸国虎と、本山氏を降伏させ土佐中部で勢いに乗っていた長宗我部元親が激突した戦い。
 レストランの駐車場にぽつんとある。ここになぜ矢流と八流という二つの字とも当てられることがあるのかが説明してあった。

76:浄貞寺・・・高知県安芸市西浜にある。安芸氏の菩提寺。安芸一族や家臣の墓がある。
 最初、迷って阪神の安芸キャンプのグランドに出てしまった。すぐ近くなのだが、徒歩で行く道すらないので戻った。
 肝心のお墓は風化でかなり痛んでいた。境内には安芸氏を祀る安芸神社もある。

77:安芸城・・・高知県安芸市土居にある。安芸氏の居城。安芸氏滅亡後は香宗我部親泰が入り、山内家が土佐の国主となると、後藤家(一豊の顔から矢を抜いた人の家)が入る。現在は資料館が建っているが、安芸氏時代の遺構なども残っている。
(毒井戸跡。安芸落城の原因となったと言われている毒が投げ込まれた井戸。元親の命令か、裏切った安芸家の独断か・・・。私は元親がやらせたと思っていますが)

78:松林寺・・・高知県北川村柏木にある。北川氏の菩提寺。北川玄蕃は烏ヶ森城主で安芸国虎の滅亡後に、長宗我部元親に攻められ戦死した。
 この周辺は中岡慎太郎の出身地として知られ、記念館もすぐ側にある。玄蕃の墓が分からなかったので、記念館の学芸員の方に案内してもらった。
 その方の話によると玄蕃の子孫は生き残り、この地区の有力豪農として生活していたが、藩に禁止されていた何かの製造に手を出して(何だったか忘れました)、それを南国市から移ってきた中岡慎太郎の祖父に咎められ、口論の末、北川某さんは慎太郎の祖父を斬り殺してしまったとのこと。その後、中岡家が北川家の家の株を買い取り北川家に入った、とかいう話を聞きました。
 松林寺は中岡家の菩提寺でもあるので、北川さんと中岡さんのお墓が多数あった。
 ここまで説明を聞いてタダで帰るのも失礼なので、何も知らないまま、中岡慎太郎館を見て回った。
 ちなみにここに来るまで北川玄蕃を、一条内政の謀反に荷担した波川玄蕃と勘違いしていました。

 そのまま室戸市の宿に向かって海鮮料理を食った後(この時、旅の途中でもらったポンカンを切ってもらって食べた。上手かった)、寝た。
感想:この日辺りが、旅ボケまっさかりで、ニュースで愛知県での事件が流れていても「へ~、愛知県ってところで事件があったんだ。都会は怖いなあ」くらいで、自分の住んでいる県にまったく思えなかった。
 長宗我部関係の史跡が荒れているのが気になった。普通の人は行かないような場所ばかりで、整備しても金にならんしメリットはないのは分かるんだけど・・・。何とかしてほしいです。ドラマにでもなればいっきに整備されるんだろうけど、その時に今度は行きすぎた整備しそうなので、それはやめて欲しいなあ・・・(遺構を破壊するなど)。
 今日で残念ながら高知県はほぼ終わりです。明日からはいよいよ四国で最後に残った徳島県を廻ります。

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