源希義神社(源希義の墓)

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●源希義神社
住所:高知県高知市介良
駐車場:無し
 祭神は源希義。平治元(1159)年の平治の乱後、源頼朝の弟・希義は土佐に配流された。治承4(1180)年に頼朝が挙兵すると希義も呼応しようとしたが、平氏方によって年越山で討ち取られてしまう。そのまま放置されていた希義の遺体は介良にいた僧・琳猷(りんゆう)が葬った。その後、鎌倉幕府を成立させた頼朝が琳猷に介良で寺領を与え、西養寺を創建し希義の菩提を弔う。しかし明治維新後の廃仏毀釈で廃寺となった。その跡地に希義を祀る神社が建てられる。
 長宗我部元親の弟・親貞が継いだ土佐吉良氏は希義の流れを汲んでいるという。

(入口の石碑)
入口の石碑

(西養寺跡にある石垣)
西養寺跡にある石垣

(鳥居)
鳥居

(祠)
祠

(伝・源希義の墓)
伝・源希義の墓

感想:入口は分かりやすいのですが神社までの道が竹林を通るので迷うかもしれません。当社の北側の畑沿いにも神社がありますが、そちらは関係がないようです。


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