高知県史跡巡り2006(後編:長宗我部信親の墓・長宗我部元親の像・山内家墓所)

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 平成18年10月22日(日)、この日は朝食を済ますと7時半にホテルを出発。ホテルは高知城に近かったが、まだ空いていなかったので、先に長浜・浦戸地域(桂浜方面)に行く。
 最初に到着したのが、雪蹊寺。元親の菩提寺で、戦死する際に鬼神の活躍をしたと言われている長宗我部信親の墓がある。前に来た時は信親の墓を探しきれなかったんだよね・・・。今回はお寺の方に聞いてばっちりたどり着いた。
(長宗我部信親の墓)

 そして横にある泰神社に行ってここは終了。
(泰神社。後ろは長浜城)

 それからすぐ近くにあった若宮八幡宮に。元親が華麗なデビュー戦を飾る前に祈願したことで有名な場所である。ここの参道には長宗我部元親の銅像があり、一度どうしても見てみたかったので。
 銅像の案内板の方に向かっていくと、草ボウボウだったので、だんだん不安に・・・。しかし銅像はありました。かっこいいねえ・・・。
(長宗我部元親の像。四国を我が手に)

(長宗我部元親の像その2。見ての通り、草ボウボウ。しかも近くにローソンがあるためゴミも目立った)

 ここには良くある元親ノートみたいなのがあり、いろんな人の書き込みがあったがそこには「草を刈れ」と一言だけ書いている人が・・・。まさにその通り。
 しかし他に台座の基礎みたいなのがあったのが気になった。信親か盛親の銅像でも建てるのだろうか・・・。そんなわけないか。
 ローソンで買い物をした後、若宮八幡宮に行きお参りをして、交通安全のお守りを買った。
 続いては天甫寺山にある元親の墓に行く。ここは入り口が狭くて不安だったが、案内板にきちんと「車で入れます」とあったので、安心して入る。
(長宗我部元親の墓。死ぬまでに一回は長宗我部氏の本が出せますように、よろしくお願いします・・・)

 ここでサイレンが鳴って本日のこの地区での運動会の案内放送が流れた。ああ・・・やっぱり山陰そっくり。
 それから桂浜方面に向かい、その途中で一領具足の碑に立ち寄った。長宗我部盛親が改易される際、一領具足(長宗我部氏の下級武士)が抵抗したものの、破れて多数が討ち取られた。これを浦戸一揆と言うが、その供養のために建てられたのが、碑と六体地蔵である。
(六体地蔵)

 再び桂浜に向かう途中にあったのが、浦戸城。長宗我部氏最後の居城で、山内一豊が高知城を築城した際に廃城となった。現在は取り壊した石垣などがあるだけらしい。
(浦戸城跡の碑。この辺りが三の丸)

 車を動かして桂浜に到着。ここは戦国とは関係がなかったけど、高知に来たからってことで坂本龍馬像を見に行った。ここはやっぱり人がすごい。そして像がでかい・・・。観光案内の本には「この先にカリフォルニアがある」とのこと。スケールがでかそうに思える書き方だな・・・。
(坂本龍馬像。等身大)

 これで桂浜付近は終了。市街地に戻り、高知城に行く。ここは予想はしていたが、すごい人・・・。お祭りだもんな。
(高知城とアドバルーン)

(かずとよくんとちよちゃん)

 それから一豊の銅像(前来た時あったかなあ~と思っていたら、10年前に出来たらしい)や門などを見て回り、本丸に行く。
(高知城天守)

 前来た時と比べると中の案内板が新しくなっている気がする・・・。あんまり覚えていないけど。何にしても当たり前だが、山内家関係のものばかりで、関心は薄かった。と思っていたら、通路に突然、一領具足の像(?)が・・・。唐突で良く分からないが、取りあえず撮影。
(一領具足の像)

 それから三の丸の方に戻って、大河ドラマ館に入る。これが同行者の今回のメイン・・・なのかな? ドラマで使われた小道具などを見て回る。そろそろ高知県が出る頃だから、今が一番の稼ぎ時なんだろう。
(中にあった一豊と千代の像)

 講談とかやっていたけど、同行者は興味がないらしく通り過ぎて、高知城を後にする。食事をした後、土佐山内家宝物資料館に向かう。ここは当然だが、山内家関係のものがあり、大河ドラマにあわせて特別展がやっていた。ここでの私の目的は毛利勝永の兜。しかし今回は展示していないとのこと。特別展で展示する場所がなくて倉庫に追いやられたんだろうな・・・TT いいときに来たのか悪いときに来たのか。ここはあまり人がいなかった。本格的な展示物ばかりだから、歴史好きじゃあないと来ないよね。
(宝物資料館の横にある山内神社)

 そこが終わると対岸にある筆山に。山内家の墓所があるところである。この頃になると疲れてきて段々とテンションが下がっていた。とぼとぼと歩いて筆山に到着。墓所の前で受付を済ますと、中に入る。中は結構荒れていて進入禁止区域が至るところにあった。私が「普段は誰も来ないんだろうな」って言うと、同行者は「来る人、いないだろう」と一言。そりゃそうだよね。
(山内家墓所)

 ここで同行者が新しい墓を見て「あっ、この人、長宗我部元親の像を建てた時に名前があった。あとFMラジオのCMでも出てた」とのこと。どうも山内家の当主だった人らしい。よく覚えているなあ・・・。
 これにて今回の旅行の予定は終了。後は帰るだけだったが・・・これからが大変だった。明石までは渋滞もせず、体力的にも問題なかったが、そこからは渋滞して進まないし、眠くなるしで辛かった。大阪市阿倍野区で食事をしたが、この時はしゃべる気力もなく、お通夜みたいだった・・・ーー; 泊まろうかと思ったが、次の日は仕事だったので、無理して帰った。次の日の仕事はフラフラで仕事にならなかった。しかも結局、二人とも体調を崩して水曜日くらいに風邪で会社を休んだ。
感想:二日間で高知県に行くのはやはり無理があった。今回の旅行が史跡巡りの中で一番過酷だった。ある意味、富士山よりもきつかった。愛知から行くには高知県は遠い・・・(距離よりも大阪・兵庫の渋滞が問題)。でも、長宗我部関係の史跡は行けたし、特別展も行けたし、私は大満足だった・・・。私はね・・・。
 これが今年最後の遠出になると思う。これからは忙しくなるし、暇なら暇で家で資料のまとめがしたい。

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