徳島・香川史跡巡り2010(1日目:由良山城・作山城・香西佳清の墓・六万寺)

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 2010年2月12日(金)、徳島市での仕事のため、またも四国に行く。半日ほど仕事した後、高松市に移動。13日の午前中に仕事を終わらすとせっかく遠くまで来たので史跡巡りに出かけた。
 今回はかなりディープです。それではどうぞ。

1.由良山城・・・高松市由良町にある。由良氏の居城。記憶では四国征伐で黒田如水が由良城に迫った際、臆した土佐兵が逃げ出したはず(近くに植田城があるため、豊臣軍をおびき寄せるための芝居だったかもしれない)。
感想:麓の清水神社から山頂への道が整備されており登りやすかった。ハイキングコースらしく地元の方と何度かすれ違った。

(清水神社)

(山頂)

(山頂から高松市内及び屋島を望む。中央の平べったい山が屋島)


2.作山城・・・高松市香西南町にある。藤尾城のすぐ近く。香西氏の城の一つ。香西氏の当主・佳清(よしきよ)が盲目となったため、佳清を廃し弟の千虎丸に家督を継がせようとした一派がここに立て籠もって抵抗している。遺構らしきものはなかった。

(城趾に建つ神社)

(城趾の近くにある大内堂。周防の大内義興の世話になった香西氏が義興の死を知って建てたお堂)


3.香西佳清の墓・・・高松市神在川窪町にある。佳清は上記の理由で家臣の一部に反旗を翻されたが内乱を鎮めて香西氏の当主の座を維持した。しかし1582年に長宗我部元親に攻められ降伏。その後、四国征伐で元親に味方したため改易されて城を去り、この辺りに隠遁して1588年に亡くなった。
感想:住宅街の駐車場(空き地?)にあるため、車が止まっていると気づきづらい。

4.築城(つづき)城・・・高松市鶴市町本村の弦打小学校北側にある。香西氏の家臣・築城氏の居城。遺構はない。

(城趾に建つ神社)


5.六万寺・・・高松市牟礼町牟礼1450にある。1183年の源平合戦の際、安徳天皇の御在所となった由緒ある寺。1583年に長宗我部元親が八栗城を攻めた際に本陣としたが、土佐兵の失火によって焼けてしまった。現在残る建物は江戸時代に再建されたものである。
感想:元親関連ということで行ってみた。元親はここで振る舞われた料理(京風の山菜料理と言われている)を気に入ったらしい。

(山門)

(本堂)


6.土佐兵卒の墓・・・高松市牟礼町大町にある。讃岐牟礼駅のそば、JR高徳線の線路沿いにある。
 上記の六万寺で桑名太郎左衛門の兵二人が失火を起こしたことを知った元親は大変怒り、さらし首にした。そこに塚が建てられ松が植えられたが、江戸時代に入って成長した松が邪魔になり切られてしまった。すると土佐兵の霊が現れ「ひどいことをする」と嘆いたため、僧が追善供養し現在の墓碑が建てられた。
感想:元親が由緒ある六万寺に宿陣出来たことを感動して去ったらしい。そこで火事を起こされたので怒るのも仕方がない。次に来たときに食べようと思っていた山菜料理が食べられなくなるからとか、そういった子供じみた理由ではないようだ。
 ここはもうちょっと線路より少し離れた民家にあったらしいのだが、そこに人が団体(学者さんや教育委員会だろう)で来るため、民家の方が旧・牟礼町に頼んで現在地に移動してもらったらしい。
 場所が分からず地元の方に道を尋ねたところ、たまたまその民家にお住まいの方にあたり、ご丁寧にそのような経緯を教えていただいた。


 本日はこれにて終了。高松駅に戻って讃岐うどんを食べてすぐに寝た。

感想:段々、四国で廻る史跡がマニアックになっている・・・。今回は移動手段の関係で高松市内の限られた場所しか行けなかったため、その中で絞ってみたらこういうコースになった。
 明日は今日よりはメジャーです。特に三好氏が好きな人にはたまらないと思います。

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