天霧城(香川氏の居城)

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●天霧城
住所:香川県三豊市三野町大見・香川県仲多度郡多度津町奥白方
駐車場:弥谷寺の駐車場を利用

 標高382メートルの天霧山に築かれた山城。築城された年代は平安時代とも伝わるが定かでは無い。本格的な城として整備されたのは、14世紀後半に相模の香川郷(神奈川県茅ヶ崎市香川)から細川氏の被官・香川氏が讃岐に入部してからである。香川氏は西讃6郡の守護代として細川氏を支え、応仁の乱の際には細川四天王の一人として活躍した。
 戦国時代になると阿波の三好氏が台頭し讃岐にも侵攻し、永禄6(1563)年には三好実休に当城を攻められ香川信景は城を去っている。やがて香川氏は城に戻ったが天正6(1578)年に今度は長宗我部元親が讃岐に侵攻してくると降伏し、信景は元親の次男・五郎次郎を養子とした。天正13(1585)年、四国攻めで元親が秀吉に降伏し土佐一国だけの領有と許されると信景や家臣は土佐に移り城は使われなくなっている。
 現在は弥谷寺からの道が整備されている。

(隠砦跡)
隠砦跡

(しばらく進むと直進して犬走りか犬返しの険に進むかの標識がでる。犬走りの進みやすそうだったので、そちらに進んだら次第に狭くなっていき足一本が乗るかどうかの道幅になった。よほど井戸が見たいなどの理由が無い限り行かない方が良い)
犬走り

(古井戸。この辺りから進退窮まり斜面に取り付いて登った)
古井戸

(しばらく登ると曲輪らしきところに出た。ここからは登ることも出来ないくらい急だったため斜面を進んだ。これで竪堀でもあったらいよいよどうしようも無くなっただろうが何とか整備された場所に出た)
曲輪

(堀切)
堀切

(外郭部)
外郭部

(外郭部その2。北東端)
外郭部その2

(城趾碑と曲輪)
城趾碑と曲輪

(南側の善通寺市吉原町方面を望む。下の土が剥き出しの部分は採掘現場だろう)
善通寺市吉原町方面

(三の丸跡)
三の丸跡

(二の丸跡)
二の丸跡

(本丸)
本丸

(南西端の外郭。この辺りから先ほどの犬返しの険を通って弥谷寺に戻るのだが再び道を間違って善通寺市吉原町に向かってしまった。途中まで降りたが立っていられない程急斜面になり、おかしいと思い引き返したため犬返しの険に出られた)
南西端の外郭

(犬返しの険)
犬返しの険

感想:最後は完全に迷ってしまい救助を呼ぼうかと思うような状況になってしまいました。犬走りから曲輪に出た北側も危険で『香川県の歴史散歩』には「北の外郭方面は危険なので行かない方が良い」と書いてありました。
 今まで一番命の危険を感じた城巡りでした。


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