山口県史跡巡り2009(4日目:杉元相の墓・清水宗治の供養塔・吉川広家の墓)

 平成21年1月1日(木)、あけましておめでとうございます。本年も元旦から史跡巡りです。まずは周南市の残りの箇所を廻る。
39.興元寺・・・周南市徳山にある。大内家の重臣でのちに毛利家に臣従した杉元相が1574年に建立した。ここには元相と息子・元宣の墓がある。
 元宣に関しては次のような逸話がある。元宣の妻に横恋慕した毛利輝元の気持ちを知った家臣が元宣の不在中に妻を安芸吉田に強引に連れてきた。それを知った元宣が取り返そうと安芸に向かったが、途中で刺客に殺されてしまう(ネットだと秀吉に訴えようと大坂に向かう途中、小早川隆景によって殺されたと書いてあった)。
 その後、元宣の霊が吉田郡山城や広島城に現れて人々を悩ませたという。大内氏の旧臣と毛利一族及び毛利家の家臣の不和から起きた事件が、このような逸話を生んだという説もある。
 その元宣の妻だが、輝元の側室となって毛利家を継いだ毛利秀就らを生んでいる。

40.周慶寺・・・下松市大字西豊井にある。上記の興元寺の項に出てきた元宣の妻(二の丸)の菩提寺。
 大内家先祖の供養塔や昭和に亡くなられた毛利さんのお墓と同じ敷地に何も書いていない(もしくは風雨で読めなくなった)供養塔のようなものがあった。二の丸さんと何か関係があったかもしれないが良く分からなかった。

41.清鏡寺・・・光市浅江にある。備中高松城主・清水宗治の息子である景治が建てた供養塔がある。寺には宗治の乗鞍、備中高松城の陣鐘もある。
 宗治の甲冑が光市文化センターにあるようだが、元旦に開いている訳がないので行かなかった。

42.千人塚・・・岩国市玖珂町上市にある。毛利軍の防長侵攻の際に鞍掛城主・杉隆泰は果敢に抵抗した。その際、杉軍の兵・約1400人が亡くなったという。それを供養するための塚がこれである。
 場所が分かりづらそうだったので結構迷うかと思っていたが、丁寧に案内板があって容易に辿り着けた。鞍掛城は体調が万全でないこともあってやめておいた。
(千人塚。後ろに見えるのが鞍掛城跡)

43.祥雲寺・・・岩国市駅通にある。鞍掛城主・杉隆泰とその父・貞泰の墓(供養塔のようだったが・・・?)がある。
 この辺りは昔、仕事で来たことがあったが、まさかもう一度来ることになるとは思わなかった。あの頃、史跡にあまり興味が無かったからなあ。

44.岩国城・・・岩国市横山にある。説明は・・・もういいや。
 錦帯橋に来たのは4度目くらい。岩国城まで登ったのは2度目かな。ここに来たのは岩国城を撮り直したいというのもあったが、一番の目的は吉川広家さんのお墓に行くこと。以前から行ってみたかった場所で「岩国市内にあるんだろうな」とは思っていたが、まさか岩国城の麓にあるとは思っていなかった。全体図の中にもちゃんと書いてあったのに、まったく気がつかなかった。
 公園内を散歩した後、吉川家墓所に行き、そしてロープウェーで岩国城に登るというお決まりのコースを廻って帰った。
 吉川家墓所は歴代藩主が平地にあるのに対し、広家の墓だけ高い位置にあった。やはり別格なんだな。




 まだまだ時間があったけど廻るところもないし、本調子じゃなかったので、レンタカーを返した後、ホテルにチェックインして正月番組を見て寝た。
感想:山口県は山陰・山陽側共に史跡が点在しているのでコースを考えるのに苦労した。島根県や高知県だと海岸沿いに行けば、大体有名どころの史跡に行けるので分かりやすいのだが・・・。最終日は時間が余ったけど、体力回復にちょうど良かったので、上手く組めた方かな。
 山口県はこれで終わりですが、史跡巡りはまだまだ続きます。

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