堂森善光寺(前田慶次の供養塔)

住所:山形県米沢市万世町堂森375

 真言宗豊山派。807年の開山、1192年に益王姫が中興したと伝わるが、寺伝が焼失したため詳細は不明である。寺宝に木像阿弥陀如来立像(見返り阿弥陀)、木像伝長井時広夫婦坐像がある。

(仁王門)

(阿弥陀堂)

(前田慶次の供養塔。慶次は晩年に堂森の地で過ごしたことから1980年に建てられた)

(持ち上げ厳禁の慶次の力石)

感想:志駄義秀の墓にも行きたかったのですが雑草が多く辿り着けませんでした。


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法泉寺(石田三成供養碑)

住所:山形県米沢市城西2丁目1-4

 臨済宗。1618年、直江兼続によって禅林寺として創建された。兼続は足利学校で学んでいた会津興徳寺の僧・九山宗用を呼び、自らの蔵書と合わせて学問所である禅林文庫を開設する。これが上杉鷹山が開設した藩校・興譲館に引き継がれた。1690年、二代藩主・定勝の三女の戒名・法泉院からとって現在の寺号となる。大正時代の米沢大火後、道路が通り寺域が分断された。

(入り口)

(本堂)

(上杉景勝の米沢入封350年記念と、関ヶ原の戦い及び大坂の陣戦没者の供養を兼ねた碑)

(直江兼続の詩碑)

(興譲館の聖堂・先聖堂。戦後、当寺に移される)

(伝・石田三成供養碑)

(文殊堂)

感想:吉良上野介の妻の墓などがあったそうなのですが、場所が特定出来ませんでした。


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一花院跡(千坂景親の供養塔)

住所:山形県米沢市中央5丁目4

 臨済宗の寺・一花院が建っていた場所。上杉景勝の家臣・千坂景親が米沢に移った際に堂を建て、家宝である虚空蔵菩薩像を祀った。しかし幕末頃に廃寺となる。前田慶次の墓もあったという記録が残っているが、確認できていない。

(入り口。跡地は民家に挟まれていた)

(1719年に建てられた千坂景親の供養塔)

(同じく1719年に建てられた那須与一の供養塔。千坂家は与一の後裔を名乗っていた)

(虚空蔵菩薩堂)

感想:車を駐めるような場所が無さそうだったので、ここを管理されている関興庵さんの駐車場に駐めさせてもらいました…。申し訳ありません。


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