大森神社(宍道氏ゆかりの神社)

●大森神社
住所:松江市宍道町佐々布738
駐車場:有り
 祭神は大己貴命など。神籬ヶ坪と呼ばれた場所にあったが、中世になって現在地に移転された。元亀3(1572)年、宍道氏の庶流と思われる宍道松寿丸が造営している。天正19(1591)年頃に宍道氏の宗家が出雲から去った後も庶流は残り当社の神主となっている。

(鳥居)
鳥居

(参道と随神門)
参道と随神門

(拝殿)
拝殿

(本殿)
本殿

感想:現在の神主さんは宍道さんでは無いようです。


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細川幽斎さんと島根県を旅しよう!その5(九州道の記・島根県西部編)

(5月5日~5月7日のルート。実際の道は考慮せず通過した場所を直線で結んでいます)
5~7日のマップ(温泉津~益田)

5月5日~5月7日:五日。出舟するに、跡にでも一折張行すべきよしにて所望なれば、当座に、
『浮き草の 根に引かれゆく 菖蒲(あやめ)かな』
 七日。浜田を出でて行くに、「高角といふ所なり」と言ふを舟より見やりて、
『石見潟 高角の松の 木の間より 浮き世の月を 見果てつるかな』
 と人丸の詠ぜし事思ひ出でて、
『移りゆく 世々は経ぬれど 朽ちもせぬ 名こそ高角の 松の言の葉』

 5日に温泉津を出向する際、連歌会を催したいのでまたも発句を求められたので即興で詠む。
「浮き草の根に絡まった菖蒲が引っ張られて流れて行く」
 7日に浜田(浜田市長浜町の浜田港)を出向して西に進んでいると
「ここは高角(益田市高津町の益田港)という場所です」
 と話しているのを聞いて舟から見て、柿本人麻呂(万葉歌人。益田市と所縁の深い人物)の歌である
「石見潟の高津の松の間から見える月を見て、この世の盛衰を全て見た」
 を思い出して
「世の中は移り変わったが高津の松のように人麻呂の歌も色褪せない」
 と詠んでいる。

(浜田港)
浜田港

(益田市内)
益田市

(益田市高津町に建つ高津柿本神社。柿本人麻呂を祀っている)
高津柿本神社

 この後、幽斎は長門(山口県北西部)を経由して九州に行き瀬戸内海を経由して近畿に戻っている。

 島根県では戦場に向かうというより物見遊山のような感じである(全体的にそのような雰囲気の日記だが)。各地で歓迎され発句を所望されていることからも幽斎の文化人としての知名度の高さが伺える。
 現在では航路は無理だが陸路は可能なため車で幽斎の旅路を辿るのも楽しいのではないだろうか。鳥取県大山町をスタート→松江市を経由して出雲市で一泊→大田市を見て廻り浜田市を抜けて益田市で一泊、の二泊三日のコースなら辿っていくことが可能だろう。

(島根県での幽斎のルート。実際の道は考慮せず通過した場所を直線で結んでいます)
島根県のマップ

(幽斎さん、お疲れ様でした。写真は熊本県熊本市中央区黒髪4丁目の立田自然公園内に建つ幽斎の墓)
細川幽斎の墓

参考文献:新編日本古典文学全集48(中世日記紀行集)、島根県の歴史散歩、島根県の地名

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細川幽斎さんと島根県を旅しよう!その4(九州道の記・大田市編)

(4月29日のルート。実際の道は考慮せず通過した場所を直線で結んでいます)
29~3日のマップ(出雲大社~温泉津)

4月29日~5月3日:廿九日。石見の大浦といふ所に泊りて、明くる朝、仁間といふ津まで行くに、石見の海の荒きといふ古事にもたがはず、白波かかる磯山の巌そばだちたるあたりを漕ぎ行くとて、
『これやこの 浮き世を巡る 舟の道 石見の海の 荒き波風』
 それよりやがて銀山へ越えて見るに、山吹といふ城、在所の上にあるを見て、
『城の名も ことわりなれや 間歩よりも 掘る銀(しろがね)を 山吹にして』
 宿りける慈恩寺、発句所望。庭前に楓のあるを見て、
『深山木の 中に夏をや 若楓』
 湯の津まで出でて、宝塔院に宿りけるに、先年連歌の一巻見せられしことなど、かたみに申し出で侍りしに、五月三日、発句所望にて、その夜百韻を連ね侍り。
『浪の露に 笹島茂る 磯辺かな』

 29日に大浦(大田市五十猛町の大浦港)に泊まって30日には仁間の津(大田市仁摩町の港)まで行くと、昔からの伝え通り石見の海は荒く白波のかかる磯山の険しい断崖の辺りを舟が進むのを眺め歌を詠んだ。
「今の風景は人生を巡る航路のようだ」
 それから石見銀山(大田市大森町)方面に山越えをすると山吹城(大田市大森町)が村の上にあるのが見えた。
「間歩(坑道)から掘り出される銀を山吹色(金)に替えるから、城の名前が山吹なのはもっともな理由である」
 その後、宿泊した慈恩寺(場所は不明)で発句を求められたので、庭にある楓を見て
「深山木(深山に生えている木)の中にある楓の若葉が夏の雰囲気を出している」
 と詠んで送った。
 温泉津まで出て宝塔院(大田市温泉津町温泉津の惠珖寺)に宿泊し何年か前に連歌の一巻を見せてもらったことなどの思い出を語り合っていると、5月3日に発句を求められる。そこでその夜に百韻(連歌や俳諧連句で、一巻が一〇〇句で成り立っているもの)を連ねた。
「波しぶきで笹島(大田市温泉津町小浜。現在は本土と繋がっているが当時は島だった)の礒辺の笹が茂っている」

(大浦港(五十猛港))
大浦港(五十猛港)

(山吹城)
山吹城

参考文献:新編日本古典文学全集48(中世日記紀行集)、島根県の歴史散歩、島根県の地名

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