妙願寺(妙向尼の像)

住所:岡山県津山市戸川町68

 浄土真宗。1565年、森可成の妻で長可や蘭丸の母・妙向尼が、母の妙願尼の菩提のため岐阜県可児市兼山に創建した。森忠政が美作に移封に伴い移転する(跡地には常照寺が建っている)。
 寺宝の妙向尼画像は、1580年の織田信長と石山本願寺の和睦の際に妙向尼が尽力したことから、1621年に京都の西本願寺から送られたものである。他に妙向尼消息や森忠政書簡を所蔵している。

(山門)

(本堂)

(楼閣)

(妙向尼の像)

(鐘楼)

(森忠政三百五十回忌法要記念碑)

感想:二代住職・紹向は初代住職・了向の長男で志摩丸と名乗り、木下勝俊の養子になっていましたが、関ヶ原の戦いの際に勝俊が伏見城から逃亡したため、それを恥じて妙願寺に戻っています。




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徳守神社(津山城下の総鎮守)

住所:岡山県津山市宮脇町5

 祭神は天照皇大神・国常立尊・伊弉諾尊・月読尊・誉田別尊。733年、津山市小田中に創建された。1539年、尼子氏と山名氏の戦いで焼失。戦国時代は祠宇を僅かに再建したのみで荒廃していたが、1604年に美作の国主となった森忠政が現在地に移転し津山城下の総鎮守として造営した。

(鳥居と表門)

(拝殿)

(1664年、森長継が再建した本殿。拝殿、幣殿も同時期に建てられたもので三棟とも岡山県の重要文化財に指定されている)

(御輿収蔵庫。当社の御輿は縦横が1.7メートル、高さ2.8メートルあり、日本三大御輿の一つらしい)

(お花宮(善神社)。森家の家臣原十兵衛の侍女・お花を祀っている。お花が原家の子守をしていた際、子供が事故で亡くなってしまったため、激怒した原家の夫人がお花を惨殺した。その後、原家は祟りのため奇怪なことが絶えなかったため邸内に祠を建てた。森家が美作を去った後も民によって大切にされ、明治の初めに徳守神社の境内に移される)

感想:あとで写真を確認したら電線が写り込んでいるのが気になりました…。




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本源寺(森家の菩提寺)

住所:岡山県津山市小田中1373

 臨済宗妙心寺派。1340年、足利尊氏が創建した美作安国寺が前身。当時は津山市神戸にあったが、森忠政が津山の城下町整備の際に移転させ、更に1607年に寺号を龍雲寺と改め現在地に再移転させた。1634年に忠政が亡くなると当寺に葬られ、五十回忌の1683年に忠政の戒名「本源院殿前作州太守先翁宗進大居士」から本源寺と改められる。
 森家が美作から移封され津山松平家が入った後も高い地位を誇り、妙法寺泰安寺と共に津山三箇寺と呼ばれた。
 津山城の森忠政像のモデルとなった木像森忠政坐像(市指定重要文化財)が安置されている。

(総門)

(本堂)

(森家一族の墓の入り口。ここからは入れず、お寺の方の許可をもらって右の門から入る必要がある)

(森忠政の御霊屋。忠政の命日の7月7日のみ開帳される)

(御霊屋の裏の森一族の墓の中に建つ忠政の墓)

(忠政の兄で小牧・長久手の戦いで戦死した森長可の墓)

(森忠政の妻・智勝院の墓。名古屋山三郎の妹だと伝わる)

感想:お盆という忙しい時期に行ったにも関わらず、お寺の方がとても親切に対応していただきました。ありがとうございました!




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