小坂観音院(諏訪御料人の供養塔)

住所:長野県岡谷市湊4丁目15―22

 諏訪大社の社坊だったが、のちに諏訪藩の祈願所となる。武田信玄の側室・諏訪御料人は勝頼を生んだのち、当院で暮らした。現在はあじさい寺として知られている。

(門)

(本堂)

(柏槇。弘法大師が諏訪に来た際に植えたものといわれる。樹齢1200年以上)

(弘法大師の像。像の数は日本一なんじゃないんだろうか)

(諏訪湖を望む。一説には信玄の遺骸は石棺に納められ、諏訪湖のこの辺りに葬られたという)

(諏訪御料人(由布姫)の供養塔)

(顔抜き看板)


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慈雲寺(日根野高吉の供養塔)

住所:長野県諏訪郡下諏訪町東町中606

 1300年、鎌倉五山の一つ・健長寺の住職・一山一寧の開山した。信濃における臨済宗の筆頭。武田信玄は熱心な信者で伽藍を再興している。梵鐘は県指定、楼門と天桂松は町の指定文化財である。

(楼門)

(日根野高吉の供養塔。諏訪地方最大級の五輪塔)

(本堂。工事中だったのが残念)


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法華寺(吉良義周の墓・武田信玄の碑)

住所:長野県諏訪市大字中洲神宮寺856

 臨済宗妙心寺派。1582年の武田征伐の際に織田信長が本陣とし、論功行賞を行なった。明智光秀が信長から折檻され辱めを受けたのは、この寺での出来事だといわれている。

(山門)

(本堂。1999年に焼失したが近年再建された)

(吉良上野介の孫・吉良義周の墓。赤穂浪士討ち入りの際、その場に居合わせたが武士らしくない振る舞いがあったとして諏訪氏の預かりとなり、諏訪の地で亡くなった)

(武田信玄の碑。墓碑か?)

コラム:愛知県の吉良町(上野介の領地)が立てた説明版があちこちにありました。「(義周)公よ、あなたは元禄事件最大の被害者であった」と書いてありました。確かに・・・。


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