南東北史跡巡り2007(2日目午前:柴田外記の墓・相馬中村城)

 なぜか勘違いして仙台空港からそのまま名古屋に帰り、戻った後で「あ~、間違えて家に戻っちゃった。まだ行きたいところがいっぱいあったのに~~!」と言って悔しがって、思わず持っていた米袋を壁に投げつけた・・・、ところで目が覚めた。夢で良かった。
 ということで、2007年8月13日、仙台市で朝を迎える。今日も晴れだ~、暑いぞ~、辛い旅になりそうだ~。ということで、まずは昨日時間の都合で行けなかった寺町に行く。ぶらぶらしていたが、有名な人のお墓は本郷国包くらいしかなかった。まあ、そんなものか・・・。法名とか分かってじっくり探せばあるんだろうけど・・・そんな時間はなかった。
(寺町にあった孝勝寺の五重塔)

 仙台駅に戻るとJRで相馬市に移動する。電車から見える田園風景がいいなあ・・・。相馬駅に着くと、徒歩で20分ほど移動し中村城に到着。あっ、こんな時期にグラウンドで野球やっているよ。元気だなあ・・・。倒れないでね。
(本丸跡に建つ中村神社)

(相馬野馬追で有名な相馬中村神社)

 汗だくになって中村城を堪能すると相馬駅に残る。電車まで時間があったので駅前の中華料理屋でラーメンを食べる(この時、塩分が失われていたのかスープを飲みたくて仕方がなかった)。
 それから電車に乗って今度は白石方面を目指す。が、白石に着く前に柴田町にある船岡駅で下車した。ここには長宗我部元親の孫である柴田外記朝意の墓があるのだ。そりゃ普通降りちゃうでしょう。ってことでまずは柴田家の菩提寺・大光寺に行く。案内板は無かったので、お寺の人にお墓まで連れて行ってもらう。
 当たり前だけど、檀家のあるお寺さんはどこもお盆で忙しい。そんな中、来ちゃってすいません・・・m(._.)mm(._.)m
(柴田外記の墓)

 お参りが終わると柴田外記が奉られている白鳥神社をさらっと見た後、伊達騒動で有名な原田甲斐と、伊達騒動後に柴田家が城主となった船岡城に行く。ここは桜が見事らしくて春は人でいっぱいらしいのだが、この時期は誰もいない。まあ、こんな暑いときに公園に出歩いたりしないわな・・・。
(ご覧の通りの閑散ぶり)

 公園の全体図のようなものを見ると柴田外記と原田甲斐の供養塔がどうも頂上付近にあるらしい。「せっかくだから行ってみるか・・・」と思い、登るが、急斜面で辛い・・・。登っている最中、本気で「なんで私はこんな暑い中、こんな思いをして坂を登っているのだろう。大したものがある訳じゃないのに・・・。引き返そうかな」と思ってしまった。しかしここまで来たら戻るのはもったいないだろう、と思い意地になって登った。が・・・頂上まで行っても供養塔が無い!私はいったい何のために来たのだろう、と思い、山を下りようとすると道の下に石灯籠を発見。今は使われていないコースター?の乗車口への道を通って、そちらに向かう。すると案内板に二人の供養塔のことが書いてあった。あった~!来た甲斐があったよ。
(柴田外記の供養塔。左に長宗我部家の酢漿草、右は佐竹家の扇に月丸、中央には柴田家の家紋がある。芸?が細かいな・・・)

 これで柴田町は終了。歩きすぎて足も痛くなり、暑さにもけっこうやられたが、今日はまだまだ行かないと行けないところがある。取り合えず足を引きずって船岡駅に戻った。

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長宗我部元親軍記