野田八幡宮(水野勝成所縁の神社)

住所:愛知県刈谷市野田町東屋敷62

 祭神は品陀和気命など。676年に創建された。1300年に修築される。1548年と1554年の兵火により荒廃するが、刈谷城主・水野氏が造営し祈願所とした。その後、当地を治めた板垣氏、三浦氏、土井氏、板倉氏の崇敬を受ける。
 毎年8月に行われる『野田雨乞笠おどり』は刈谷市の無形民俗文化財に指定されている。社宝に水野勝成奉納の総髪の兜がある。

(三の鳥居)

(拝殿)

(境内社がずらっと並んでいた)

(クロガネモチ(神木)とタブノキ)

(刈谷市駅の近くにある『みづ乃』で買ったかつなりくんクッキー)

(同じく『みづ乃』で買った刈谷城址)

感想:刈谷市美術館で催された『刈谷城築城480年記念展』に寄ったついでに行ってみました。記念展では総髪の兜も展示されていました。




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十念寺(土井家の菩提寺)

住所:愛知県刈谷市広小路4-219

 浄土宗西山禅林派。創建年代は不明。1702年、当地に移封された阿部正春が寄進した十一面観世音菩薩立像は市の指定文化財となっている。1747年、当地に移封された土井家が菩提寺とした。

(山門)

(鐘楼)

(本堂)

(市指定史跡・土井家廟所。中には入れませんでした)

(天誅組の総裁・松本奎堂の墓)

感想:刈谷市美術館で催された『刈谷城築城480年記念展』に寄ったついでに行ってみました。




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一色七郎邸跡

住所:愛知県田原市大草町前田

 足利将軍家と姻戚関係で渥美半島を治めていた一色七郎は応仁の乱の際、西軍に味方するため上洛した。しかし、その間に東軍に属した駿河の今川氏の助力を得た戸田氏が渥美半島に進出。七郎が京都から戻るとすでに渥美半島は戸田氏の支配下となっており、やむなく戸田氏と和解して当地に隠居した。
 七郎が没すると戸田宗光が宝憧寺を建立したが、現在は廃寺となり墓も長興寺に移されたため碑だけが残っている。

(全景)

(一色七郎墓跡の碑)

感想:全てを失い当地でひっそりと暮らした七郎の気持ちはどのようなものだったのでしょうか…。




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