青屋神社(青屋祭)

住所:茨城県石岡市総社1-4-32

 創建年代は不明。国司は着任の際、鹿島神宮に参拝していたが天候不順の時は高浜の渚に青屋(仮屋)を作って鹿島神宮を遙拝(神仏などを遠く離れた所から拝むこと)したという。それが青屋祭の始まりで、当社もその関係で創建された。
 1426年、水戸城主・大掾満幹は青屋祭を執行するため府中(石岡市)に向かったが、その隙を突かれて江戸通房に城を奪われている。

(鳥居)

(社殿)

感想:常陸国衙に行く途中、近くを通って解説を見て国衙に所縁のある史跡だと知り撮影しました。




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常陸国総社宮

住所:茨城県石岡市総社2-8-1

 祭神は大国主命と天神地祇(天の神と地の神、天つ神と国つ神、すべての神々)六神。新任の国司が国内の諸社参拝を一度で済ますため、延喜年間(901~922年)に天神地祇六神が祀られ、のちに総社と呼ばれるようになる。
 社宝に小川城主・園部氏が奉納した扁額三十六歌仙絵、太田道灌や佐竹義宣が奉納した漆皮軍配などがある。

(入り口)

(鳥居)

(参道)

(随神門)

(日本武尊の腰掛石)

(拝殿)

(右が神木で左が拝殿)

感想:常陸府中城から歩いて行けます。




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常陸府中城(石岡陣屋・常陸国衙跡)

住所:茨城県石岡市総社1丁目2ー10

 8世紀、当地に常陸国の国衙が置かれたが10世紀の平将門の乱で破壊された。1346年、大掾詮国が跡地に府中城を築城する。城の大きさは東西約500メートル、南北約400メートルあり、何重もの堀と曲輪があった。1590年に佐竹義宣に攻撃され落城する。江戸時代になると徳川光圀の弟・頼隆が当地周辺に領地を与えられ陣屋を築く。
 現在は石岡小学校になり、一角に陣屋門がある。

(常陸のみやこ一千有餘年之地の碑)

(土塁)

(常陸国衙跡の碑)

(小栗城の守り本尊だった風間阿弥陀)

(陣屋門は京都まで修理に出されており土台しか無かった…)

感想:石岡小学校内に石岡市立ふるさと歴史館があり、そこの方に解説と案内をしていただきました。陣屋門は「修理が終わったらまた来て下さい」と言われたけど多分無理です…。




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