光明城(光明寺遺跡)

住所:静岡県浜松市天竜区山東字光明山

 享禄年間(1528~1532年)、朝比奈氏によって築城されたといわれる。元亀年間(1570~1573年)に武田家の支城して利用された。1575年、徳川家康に落とされ大久保忠世の家臣が城代となる。武田家滅亡後に廃城になったと推測されている。

(城の石垣・・・と言いたいところだが、これは行基によって717年に創建された光明寺のもの。大伽藍があったが、1931年の火災のため灰燼に帰し移転された)

(光明寺の山門跡)

(寺の跡。寺のどの辺りかは不明)

(城の中曲輪)

(堀切)

(光明城攻めで戦死した家康の家臣五人を祀る五人塚)

(井戸跡)

(光明寺跡から浜松市街地・遠州灘方面を望む)

感想:午前中が大雨だったため、城に行くまでの道で何ヶ所も崩れた石が落ちてました。道は整備されていますが狭いため雨の日は危険なので行かない方が安全です。




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