名古屋城

住所:名古屋市中区本丸1−1
 「伊勢は津でもつ、津 は伊勢でもつ、尾張名古屋は城でもつ」と伊勢音頭に歌われた名古屋城は、1609年に豊臣家の籠もる大坂城の備えとして、また東海道の要所として建てられた。その際、加藤清正・福島正則など20ヶ国の大名が集まり普請をし1612年に完成。
 そののち、徳川御三家の一つの城下町として発展していく。そのまま尾張徳川家の居城として明治維新を迎える。
 維新後も壊されることなく残ったが、1945年5月の名古屋空襲で天守閣や金のシャチホコなどが焼失してしまう。しかし門などは戦災を免れた。1959年10月、市民の熱意が実り、天守閣・シャチホコともに再建されている。
(天守閣)

(正門)

(金鯱)

(加藤清正の像)

(堀)

感想:名古屋城に行った日は天守閣の中に居た時に大雨が降ってきて傘がなくずぶ濡れになって大変でした・・・。その日は名古屋城内で祭りがあって鉄砲隊の実演も予定されていたのですが中止になってしまったようです。
※写真はその後の晴れた日に撮り直したものです。

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常高寺(常高院の墓)

住所:福井県小浜市小浜浅間1
 常高寺は京極高次の妻でお市の娘・常高院によって1630年に開基されたと言われている。その後、亡くなった常高院自身も葬られ、京極家や酒井家の保護を受けて栄えた。
 しかし明治以降に寺領や田畑が没収され住職もいなくなり、荒れ果てたが、平成2年に新しい住職が入り再建されている。
(常高寺の門)

(寺の近くから小浜湾を望む)

(後瀬山城麓にある常高院の墓)

感想:写真はないですがここの本堂は最近再建されてすっかり近代的な建物になっていてびっくりしました\(゚o゚;)/ なんでも予算の関係でそうなったとか、、、。それなら仕方がないですよね。
 ちなみにそこは資料館になっています。

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空印寺(酒井氏歴代の墓)

住所:福井県小浜市小浜男山2
 後瀬山(のちせやま)城の麓にある空印寺はもとは若狭守護の武田氏の館があった。しかし京極氏によって破壊され泰雲寺が築かれ、その後、酒井氏が入り菩提寺として建てたのが始まりと言われている。現在は小浜藩主の菩提寺として知られている。
(山門)

(酒井氏歴代の墓)

(人魚伝説に関係のある八百比丘尼入定洞)

感想:酒井氏の墓に行くには本堂に行って住職さんに200円を払って鍵をもらって行かないといけないと言う変わったシステムになってます。お墓は立派なのでそこまでして行く価値はあると思います。

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