大阪・兵庫史跡巡り2009(2日目:佐々成政の墓・尼崎城・細川ガラシャの墓)

 平成21年8月23日(日)、大阪市内のホテルで目が覚める。昼まで用事がないので、取りあえず史跡に行ってみた。
 目的地の尼崎市に向かう電車がすごい人・・・。なんでかと思ったら甲子園で高校野球をやっていたためらしい。でも、尼崎駅周辺は人が少なくゆっくり史跡巡りできた。
1.広徳寺・・・尼崎市寺町8にある。政権争いに敗れた細川高国が切腹した場所。山崎の戦いの前に豊臣秀吉が休憩した場所でもあるらしい。
 寺町を散策している途中に見つけた。境内に高国の供養塔らしきものは特になかった。
(広徳寺山門。ここを通るとき思いっきり頭をぶつけた>< 痛かった)

2.法園寺・・・兵庫県尼崎市寺町5にある。ここで佐々成政が切腹したと言われ、山門の近くに墓もある。
 しかしこの墓はレプリカ(?)で本物は本堂にあるらしい。本物のお墓はかなり痛みが激しいため建て直したけど、古いのも大切に残したかったので、両立する形になったのか? それともただ単に参拝客用?
(佐々成政の墓)

3.尼崎城・・・兵庫県尼崎市北城内にある。細川高国・荒木村重など戦国時代を代表する人物と関わりのあった城。江戸時代に入り大垣城にかっこいい銅像の建っている戸田氏鉄が天守を建てている。現在は尼崎城趾公園となっている。
 公園の模擬石垣ばかり目が行って近くの小学校にある碑に気がつかなかった。まあ、いいか・・・。
 しかし暑い・・・。とにかく暑い><
(模擬石垣と模擬塀)

 これにて尼崎は終わり(もっとあったと思うけど調べずに来たので詳しく分からなかった・・・TT)。新大阪駅方面に移動する。
4.崇禅寺・・・大阪市東淀川区東中島5にある。行基によって創建された。六代将軍・足利義教と細川ガラシャの墓がある。
 広い、そして静か。新大阪駅からすぐの場所なのに。足利義教と細川ガラシャの墓の近くには蜂が数匹いて、参拝には勇気が入った。
(足利義教と細川ガラシャの墓)

(平成になって再建された本堂)

 本日の史跡巡りはこれだけで終了。新大阪駅に戻って人を出迎えた。
感想:尼崎市は歴史がありそうなので、じっくり廻ったら面白いんだろうなあ。足利義教もじっくり調べてみたい将軍様だが、手が回っていない状態。いろんな逸話は聞いているけど・・・。

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