長宗我部ツアー2008(土佐神社・土佐大津城・明石全登の墓・吉良神社)

 11月21日(金)、長宗我部ツアーに参加させていただくため高知県に行く。今年で高知は3回目。「まあ、よう行っとるわ」と思ったけど、どうも好きな武将の拠点となった土地にファンがそのくらい行くのは珍しくないようだ。
 22日の朝、高知県に到着。高知市周辺は結構廻ったので、今回はちょっとマイナーどころをメインに・・・。
1.土佐神社・・・高知市しなね216-1にある。マイナーどころと行っておきながら、いきなり観光名所に。前回行った時、修復中だったので、修復後の姿を見たかったんだよね。
 説明するまでもないが、ここは長宗我部元親が本殿、幣殿、拝殿を再興したことで知られている。
 ここで勝守を買った。何に勝つって自分の弱い心に勝つように。

2.土佐大津城・・・高知市大津にある。
 天竺氏という豪族がいたそうですが、よく分かりません。ここに来たのは、一条氏最後の当主・内政がいたというのが理由です。
 北側から城に行くにはチンチン電車の線路を渡る必要があるので、要注意。登ってみたけど、特に大したものはなし。遺構らしきものはあったけど、「まあ、いいか」と思い、散策せずにすぐに戻った。次の予定も控えていたしね。

3.明石全登の墓・・・香美市香北町白石の府内地区にある。
 もちろん今回のメインです。土佐山田駅からバスに乗ってアンパンマンミュージアムを通り過ぎ、府内というバス停で降りた。そこには事前に連絡を取っていた地元の歴史に詳しいAさんがおられ、お墓の場所まで案内してくださった。
 場所はバス停から近いが民家の裏(全登のご子孫の家らしい)なので分かりづらく、とても一人で行けるようなところではなかった。
 全登がここに落ち延びたのは、この周辺を治めていた山内家の家臣・小松家と明石家が縁戚が知り合いで、その縁でここまで落ち延びてきたらしい。
(全登の墓の可能性があるという自然石)

(全登を祭っていた祠。県道を挟んだ向かいの山にあったのをここに移してきたらしい。中にマリア像も置いてあったという伝承も伝わっているが、Aさんは「江戸時代にキリシタンだと分かるようなものを置くとは思えない」と疑問視されておられた)

(全登の墓、というか供養碑。子孫の方が昭和52年に建てられた)

 ここでOさんとはお別れして高知市に戻る・・・はずだったが、「あんたを積んで五台山まで連れて行ってやる」と言われ、ご好意に思いっきり甘えることに。
 説明しておきますと、高知市の五台山にも全登の墓と言われるものがあり、そっちは一人で行くつもりだった。
 移動中のこと。
「明石の関係で来る人いるんですか?」
「歴史の関係だとシンガポール攻略戦で活躍した山下将軍の関係で来る人がたまにいるねえ」
「山下将軍・・・? 山下泰文、マレーの虎ですか!?」
「そうそう、あの人こっちの出身だから。年に何人(確か15人くらいと言われていた記憶がある)かは来るよ」
 マレーの虎かあ・・・。そりゃあ調べに来る人もいるわな。
「明石はどうですか?」
「5年に一回くらいだね」
 ええ!?オリンピックより間が空いているよ。戦国尼子フェスティバル並のサイクルじゃん。
 あとは香北町の話、長宗我部氏の話、五百蔵左馬進(五百蔵のことなら詳しいから何か知りたかったら連絡をくれてもいいと言われた・・・けど、何を聞いていいかも分からない)の話などをしているうちに着いた。
 大体の場所までは着いたが詳しいことが分からず、近所の人に聞くと「小倉少助(土佐藩の重臣)の墓の上にある」とのこと。全登はこの小倉家を頼って土佐に逃げた説もあるようだ。
 小倉家の墓は案内板もあり、すぐにたどり着けたが、そこからがさっぱり分からなかった。上に行ってみたものの最近のお墓しか無く、あとはミカン畑が広がるのみ。あっちこっちを探して諦めて戻ろうとした時、もう一度だけ資料を見て位置を確認すると、ようやくミカン畑の中に発見!
4.明石全登の墓・・・高知市長江にある。小倉少助の墓は分かりやすいので、そこから根気と運を頼りに探すしかない。行きたい人はがんばって!
 ここはAさんの話だと全登ではなく、お兄さんの明石○○斎(名前忘れました)夫妻の墓らしい。それが戦後になって全登の墓だと誤伝されたとのこと。どっちか分からんけど、自然石の上に子孫の方が建てた「明石掃部守全登公夫妻墓所之碑」が建っている。

それから電車通りまで送ってもらってAさんとはお別れした。こんな遠いところまで運んでもらってありがとうございました!! 五百蔵家のことが知りたくなったらまた連絡します!
5.吉良神社・・・高知市山ノ端町70の若一王子宮内にある。
 ここは長宗我部家の家督相続で元親の方針に反対して切腹させられた吉良親実と7人の家臣を祀った神社。前回は元あった場所(邸跡)にいったので、今回は現在地に行ってみた。
 神社にある手洗鉢は親実の首を洗ったものらしい。
 そういえば、前回行った際にご同行してくださった高知の方が「七人みさきとか、(神社跡の)近くで良く交通事故が起きるだとか、そういう風に恐れているから霊の方も怒って何かするんじゃないのか。敬うのはいいけど、変に恐れない方がいい」とかっておっしゃってた。
 確かにそうかも、と思った。だって人に慕われたり敬われたりするのは嬉しいけど、怖がられるのは誰だって嫌だもんね。
 神社を建てるなどは大切な行為だとは思うけど、変に祟りだとか呪いだとかワーワー騒がない方がいいかもしれん。

6.はりまや橋・・・5回も高知に来ているのに行ったことがなかったので。まあ、ここは特に・・・。一応、長宗我部家とも関係があるらしい。
 朝から行動していて疲れたので、そのままホテルに行って飯食って寝た。
 2日目以降は事情があって載せませんでした。

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