今更年賀状の話

そろそろほとぼりも冷めただろうと思って書きますわ。
今年の正月の3日頃に年賀状がやっと届いたがなんと4通・・・。これあんまりだろうと思ったけど、全国的に遅れているとニュースでやっていたので、そのまま待った。しかしいつまで経ってもほとんど届かない。おかしいと思ったので、管轄の郵便局に電話したら、女性の局員が出て
「全国的に遅れているので・・・」
といいわけ。でもやっぱり待ってもほとんど届かない。確かに私は人望がかけらもないけど、こりゃさすがにおかしいだろうと思って、調べさせた。そしたら、担当という男性局員から電話があって
「申し訳ありません。こちらの手違いで12月28日からの手紙を転居先不明で返していました」
だとさ・・・ーー;;;
私はどうやら理由もなく失踪していたらしい。さすがに腹が立って
「どうしてくれるんだ!」
と詰め寄ると
「ええ、届かなかったという連絡がそちらにあった方については再送してくれるように(そっちが)頼んでおいてください」
そんなん言われても年賀状しかやり取りしていない人間なんか転居先不明だったら、連絡も取らずにそのままだろう、と思って
「そんな電話ほとんどあるわけないだろう」
と言うと
「じゃあ連絡を取っていただいて・・・」
と、勝手なことを言うので、
「こっちから逆に全員に連絡なんかよう取らん(それ以前に年賀状以外はどこから手紙が来たかも分からんし)」
と言うと、相手は無言のまま。
そこで私が
「100%そちらのミスですか?」
と聞くと
「はい、そうです」
というので、
「じゃあ、そっちで責任を取ってください」
と言って、私が年賀状を送った(と思われる)人達のリストを作って、郵便局に送り、届いていない方全員に詫び状と再送のお願い通知を出してもらった。
それでほとんどの年賀状が届いたけど、心配なのは一般郵便物。郵便物は特別な理由がない限り、必ず届くものだとみんな思っているので、滅多にこない大事な書類が返送されていたら、おそらくそのままだろう。そしてそのせいで何かの支払いなどが滞り、損害があったら、どうしよう・・・。
とりあえずあれから3ヶ月も経つのに何もないから、大丈夫だとは思うが・・・。
アルバイトの高校生に捨てられたよりはましといえ、散々の2007年の始まりでした。今年もいい年にならんな、これは。と思い知らされた出来事でした。

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広島県史跡巡り2007(4日目:湊川神社)

 平成19年3月12日(月)、この日は帰るだけだった。朝、ゆっくりホテルを出てのんびりと来た路線を戻る。途中、同行者が「神戸の中華街に寄りたい」と言うので、神戸駅で降りる。そしたら楠木正成を奉ってある湊川神社がすぐそばにあったので、寄ってみた。広さは名和神社と同じくらい? 扱いや人気が全然違うけど。
(湊川神社)

 それから歩いて中華街に行く。月曜日なのに賑やかだなあ・・・。ちょうど昼飯時だからか。
(中華街)

 そして再び名古屋に向かう。途中、彦根に来た辺りから天気の様子がおかしくなってきて、米原や関ヶ原辺りに着くと予想通り雪が積もっている。ここら辺は毎度だなあ・・・。
(関ヶ原駅近く)

 でも、やっぱりそこを過ぎると途端に雪が無くなる。何事もなく無事に愛知県に到着。
感想:今回は本当に「観光」って感じの旅だった。行った場所はほとんど定番中の定番。広島に旅行に行ったら、まず行くだろうな、ってところばかり。でも広島に戻るのが一番の目的だったので、これでいいだろう。本当は可児才蔵のお墓とか国泰寺とか行きたかったけど、さすがにそんなところを公共交通機関で連れて行くわけにはいかないので、諦めた。まあ、改めて車で行くだわね。何にしてもいい旅だったよ。さて、仕事しますか・・・ーー;;;

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広島県史跡巡り2007(3日目:原爆ドーム・縮景園・大和ミュージアム)

 平成19年3月11日(日)、朝7時半にホテルを出発して、昨日見られなかった原爆ドームに行く。広島にずっといたのに原爆ドームはほとんど見たことがなかった。車での移動だとすぐ近くの紙屋町(広島の中心地)の交差点があるので走りづらく、ここを避けて通っていたので。
 日曜日の朝だから広島平和記念公園は結構、人がいるのかな、と思っていたけど、意外と静か。ほとんど人もいない。
(原爆死没者慰霊碑)

 ぐるっと公園を回った後、原爆ドームに到着する。じっくりと見て回っていると、サイレンが鳴り始めた。ああ、8時15分か・・・。
(原爆ドーム)

 それから広島市民球場や紙屋町を見ながら、広島城に到着。う~ん、7年ぶりか。でも、特に変わっていないね。
(広島城と広島大本営。ここも原爆がなければ、国宝だったろうに・・・)

 そして広島城とセットで行くコースになっている縮景園に行く。ここは・・・時期が悪くて梅も何もないので、ちょっと寂しかったかな。悪くはないんだけどね。
(縮景園)

 これで広島市は終了。前に住んでいた頃は史跡にあまり興味がなかったので、有名どころにしか行かなかったけど、今だったらマイナーどころもたくさん行くだろうから、1ヶ月くらい住んで行きまくりたいな。しかし広島市を去る時も寂しさがないな・・・。またすぐに戻ってこれる気がする(まあ、実際にそこまで遠くないから来ようと思えば、また来れるんだけどね)。
 電車で移動し、続いて呉市に到着。か、変わっている・・・\(゚o゚;)/ 呉駅は私がいた頃からきれいだったけど、その周りには「そごう」しかなくてほんと寂しかった。街自体も活気が無くて結構ダークなオーラをまとったところだった。それがゆめタウンなどの大型店が複数出来て、呉港までもきれいな遊歩道も出来てほんと変わっていた。
 ここでの目的はもちろん大和ミュージアム。そこまでの道も活気がある。活気がある街はいいね・・・TT ということですぐ到着。
 中に入るとどど~~~んと1/10大和がお出迎え。ほんとでかい・・・。
(戦艦・大和)

 う~ん、ここは呉市や大和の歴史を紹介する地味な資料館なのに、人でごった返している。この手の資料館でこんなに当たるとは呉市の人も思っていなかったことだろう。
(資料館の上から見た呉港。いい天気)

(展示用潜水艦「あきしお」)

 それからまたも電車で移動。今度の目的地は尾道市。そこまではいったん広島市に戻ってから山陽本線で戻った方が早かったが、海や懐かしの豊田郡を見ながら行きたかったので、あえて呉線で行くことにする。と言ってもこの時はタイミングが良かったので、あんまり変わりはなかったんだけどね。
 川尻・風早・竹原など懐かしの場所を電車でのんびりと移動。ああ、ここら辺は変わっていないなあ・・・。とは言っても電車で移動するのは初めてなんだけど。
(電車から撮った忠海辺りの風景)

 2時間かけて尾道市に到着。前に人に連れて来てもらったけど、あまり記憶に残っていない千光寺公園に向かう。ロープウェーがあったが「これなら歩いて登っても大したことはない」という結論になり、駅の裏から急な坂道を登る。え、えらい・・・>< 角度が急すぎる。
(その途中にあった尾道城。すでに中に入られなくなっており、廃墟となっていた。場所的に地震があったりすると危ない位置にあるような・・・)

 それからさらに登ると千光寺公園に到着。確かに眺めは抜群。これだけのために来た甲斐はあった。
(尾道市と瀬戸内海の島々)

 そのまま下って帰ろうかと思ったが、公園の名前になっている千光寺っていうお寺に何となく行ってみた。まあ・・・寺やね(当たり前だ)。ぐるぐるとお寺を回ってみていると「修行の岩」とかいうのを発見。それは岩から鎖が垂れ下がっており、それをつたって登るというもの。同行者が「これは行かないと」と言うので、登ることに。まあ、人の1.5倍くらいの高さの岩が何段かあるだけで大したことはないのだが・・・、私は恐がりなのでこういうの駄目なんだよね・・・ーー;
(その途中。いや、まあ大人なら性別関係なく誰でも登れるんだけどね・・・)

 そっから山陽本線を横切って下り、千光寺公園は終了。
(帰り道にいた鳥)

 そして駅までの帰り道で名物の尾道ラーメンを食べる。同行者はいまいちだったようだが、私はこういうあっさりしたのが好きなので大満足。
 尾道を満喫したので、ホテルのある岡山市に行く。3日目だったので、今回は飲みはなし。ゆっくりして眠りにつく(-.-)

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