筑紫の国史跡巡り2001(秋月城・岩屋城)

 前々から計画していた福岡行きを実行。目的地は秋月・大宰府・柳川。メンバーは、備前守様(浅井派、地元なので今回のリーダーです)・うきき様(森&織田派)・こまる様(派閥不明)・筑後川の4人です。平成13年2月3日(土)午前10時40分、博多駅を降りると同じくJRを利用されていたうきき様と合流。そのままこまる様と備前守様と合流するために福岡空港へ。早く着いた上に飛行機が遅れた備前様が渋滞に巻き込まれたのでかなりの時間、空港でうきき様と歴史の話しをしておりました。ターミナルを間違えなかなか会えませんでしたが、何とか4人揃うと福岡県甘木市秋月へ出発。
 この日は天気もよく快適な旅となりました。昼過ぎ、私の滅茶苦茶なナビに振り回され細い道を通りながら秋月へ到着。食事をすますといざ秋月城へ。
 しかし特に見所はなかったので、すぐに終了。
(秋月城之碑)

 とにかくどこを回っても見所がない秋月城址を見学し終わると太閤腰掛石を見に行く・・・がどこにあるか分からなかったので諦めて秋月郷土館&美術館に。ここは見所たっぷりで黒田長政の太刀や兜などいろんな物が展示してありました。そこでは素敵な体験が出来ました。なんと印槍などが実際に持ってみることが出来るのです!(うそ、本当は無造作に奥の方に立ててあったのでみんなで勝手に持って触ったのだ)。重いねえ、旗印とかは。あんなん一人で持つなんて非力な私には考えられないです。
 その美術館で秋月はおしまい。続いては学問の神様・菅原道真公を奉ってある大宰府天満宮へ。ここで竜馬のピストルが置いてあるということでうきき様を先頭に『大宰府天満宮宝物殿』へ。でも、中に入るとそれを忘れてみんな他のものを見て回ってました。それが終わると次は天満宮と飛梅へ。何でも九州に左遷させられた道真公を慕って実が飛んできてこの地に埋まったとのこと。一通り見て回ると次はお土産を購入、ということで私は梅茶を購入。この時、みんながそのお店の奥に鎧があるのを発見。見せてもらう。
(お店の奥にあった黒田家の鎧(確か9代目くらいだったような・・・))

一日目はこれにて終了。次はメインの福岡市での飲み会です。備前様の華麗なドライビングテクニックで天神にたどり着き、楽しく飲み食い。歴史の話しが多かった気がする。一次会が終わると次は暗げなバーに場所を代え酒を飲む。ここでは・・なんの話ししたっけ? こまる様が眠たそうだったのしか記憶にないです。 これが終わり各自ホテル&自宅に向かう(帰りに博多駅前の母里太兵衛の銅像が夜になると爆走するということを備前様から聞く)。ホテルに帰ると疲れきっていたのですぐに就寝、、、。
 二日目。あいにくの雨でしたが博多駅で集合し岩屋城へ向かう。が、近くの大宰府展示館が目につき中へ、、、。大人の入場料が150円(だったと思う)と安く、おまけに館の方の30分にも渡る説明つき。私は古代史はまったく興味がないのですが、このお話を聞かせてもらって『平安時代とかも調べたら面白いかも』と感じた今日この頃でした。ここで無料で見られるビデオに、『壮烈!岩屋城』なるものを発見。見たかったが60分(その時間が壮烈です)の長丁場なので諦める、、、。
 続いて観世音寺というところへ。由来は忘れた。ただ覚えているのはここが島津軍が岩屋城を攻めたときに本陣を置いたということだけです。ここもちょちょいっと見ていよいよ岩屋城へ。岩屋城は大宰府の上にあり、昔朝鮮からの備えで築かれた大野城の中腹に位置します。なので、すごく場所の悪いところにあります。狭くて急でカーブの多い道をすり抜けると岩屋城の看板が、、、。
 まず最初に行ったのはその岩屋城主・高橋紹運のお墓。場所は岩屋城の二の丸。ここまでの道がすごく急で大変でした。でも、後からちゃんとした道があるのに気づく、、、。
(お墓を取り忘れたので、近くにあった記念碑を・・・)

 続いて行った岩屋城本丸。な~んもなくて寂しいところです。これが有名な記念碑ね(後ろに見えるのはなぜかあったテーブル)。歴史好きはここでの合戦をこの場で想像して楽しみましょう。
(嗚呼壮烈岩屋城跡の碑)

 続いて行ったのが水の都・福岡県柳川市。立花家13代の城下町である。お昼過ぎだったので、まずは名物のうなぎ屋さんに行く。うなぎ料理を堪能するといよいよメインの川下りへ。雨降りだったので合羽を借りて、臨時の炬燵まで作っていただいていざ川下りに挑戦。最初のうちはそれを楽しむ4人であったが、段々無口になるに説明も耳に入らなくなってくる、、、。なぜか? そう、とにかく寒い!寒いのである!しゃれにならんくらい。お蔭様で写真を取る気にもならなかった(体が固定されて動かないのである)。この川下りの最中、他にそれをされている人達と一回も合わなかった。
 1時間に渡る我慢大会が終わると次は立花家の資料がたっぷりの御花へ(元は立花家の別邸だったとのこと)。ここはもう宗茂関係が沢山で俺はもうウハウハでした。この中で立花家の家系図が飾ってあるのを見つける。これが実に細かい・・・のはいいが、現代まで載っていた(平成8年に生まれたお子さんとかまで、しかも学歴までびっしりと)。明治くらいまででいいじゃん。私なら絶対載せられるのは嫌だ。
(松涛園)

 ほいで最後は柳川城址へ。ここは今は柳川高校の敷地になってます。野球とテニスが強いので有名な柳高ですね~。立花家の強さは今でも根付いているようです。
(柳川城址)

 な~~んもないです。明治初めに焼失しちゃったらしいです。博学のうきき様の話しですと、『立花家の家宝が国に没収されそうになったので城を燃やして、一緒に燃えちゃいましたってことにしたんですよ』とのことです。やるな、立花家、、、。
 これにて旅行は終了。しかしここで最後の難題が。こまる様をお送りするのに福岡空港まで1時間ちょいで行かないといけなくなったのである。だが、なんとか間に合い、博多駅で3人も解散。楽しい日々はあっという間に終わったのでした。

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